何でもない月曜日。遅めの時間に起きてしまった私はいつもより人気の少ない通学路を少し足早に歩いていた。遅刻はしないんだけど、いつもと違う時間帯になんとなく焦ってしまう。がさがさと揺れる通学鞄を肩にかけ直してひたすらに学校を目指す。すると、目の前を怠そうに歩く同じ制服を着た男子が目に入った。軽く伸びをして首を横に動かしたその男子を、私は知っていた。

 彼の名前は松野おそ松。同じクラスの男子だ。入学当初、六つ子が入学してきたと注目の的だった彼もいまでは皆見慣れてしまって特に目立つ存在ではなくなってしまっていた。だからと言って地味なわけではなく、クラスのヒエラルキーでいうと中の上といったところだろうか。そんな彼を通学中に見たのは初めてで、そういえばいつも私より遅く登校してきてたっけ。曖昧な記憶をたどりながら、松野くんの後ろを歩く。


 学校まではまだ少し距離がある。私は目の前を歩く松野くんに声をかけるべきか迷っていた。クラスメイトとはいえど、そこまで仲良くはなくて何度か話したことがあるレベル。私のことを認識していないことはないだろうけど、でも気軽に声をかけるのも躊躇ってしまう。だけど声をかけないのもどうなんだろう。うーん、と悩んでいると、松野くんがはたと立ち止まった。思わず私も立ち止まると、松野くんが私の方に振り向いた。


「…あれ、みょうじちゃん?」

「……あ、松野くんおはよ」

「おーおはよー。なんだよー、後ろにいたなら声かけろよなー」


 へにゃりと笑う松野くん。なんだ、声掛けてよかったんだ。安心して松野くんの隣に追いつくと、松野くんがゆっくりと歩き出した。


「いやさ、さっきからずっと後ろで誰か歩いてんなーとは思ってて、あんまり長いこと後ろにいるから思わず振り向いたらみょうじちゃんなんだもん、俺内心変質者だったらどーしよーってビクビクしてたわ」

「あっ、ごめんね、驚かせて。もっと早く声かければよかったね」

「ほんとだって」


 そう言いながらも楽しそうに笑う松野くんにつられて私も笑う。確かにこの時間は人も少ないし、同じ制服を着た子も見当たらない。そりゃあなんだよって思うよね。驚かせてしまったことに少し申し訳なさを感じていると、「ま、本当に変質者だったらこてんぱんにしてやるけどね」なんて言いながら力こぶを作って見せた松野くん。おちゃらけたその様子にくすくすと笑う。


「てかさあみょうじちゃんっていつもこの時間じゃないよね?」

「あ、うん。いつもはもっと早いんだけど、寝坊しちゃって」

「なにー?夜更かしでもしちゃった?」

「そうそう、昨日やってたテレビ面白くって。日曜の晩餐って番組なんだけど」

「えーみょうじちゃんその番組知ってんの?!俺それ大好きでさあ、あのレギュラーで出てる芸人最高にウケるよな!」

「うそ、松野くんも好き!?そうなの、本当に面白くって!だから月曜の朝はいつも寝坊しかけちゃう」

「分かるわー」

「松野くんはいつも遅いでしょ」

「ばれた?」


 あれ、松野くんってこんな面白い人だっけ。弾む会話が楽しくて、思わず会話に夢中になってしまう。松野くんはいつも男子とばかりいるからあまり話したことはなかったけど、今まで話してこなかったことを後悔するくらいに楽しい。それに日曜の晩餐は知る人ぞ知る番組だから、それを知っていて尚且つ好きだという松野くんに思わずテンションが上がってしまう。ああでもないこうでもないと楽しく会話していると、いつもは長く感じるこの道も短く感じて、あっという間に学校についてしまった。


「うわ、もう学校だ」

「げ、マジだ」


 見慣れた校舎が視界に入ってげんなりとした声を出す私と松野くん。どうしようまだ行きたくないな。きっと校舎に足を踏み入れたらお互い何となく気まずくなってしまって結局別々に教室に入っていくのが分かって、そんな気持ちになる。まだ松野くんと話していたい。だけど、そんな事到底言えるわけもなくどんどんと近付く校舎に寂しさを覚えた。


「あー、あのさ」


 さっきまで盛り上がっていたのが嘘のように静かになった空間を、松野くんが切り裂く。なに?と松野くんに視線を向けると、人差し指で頬をぽりぽりと掻きながら少し照れた表情の松野くん。


「またたまにでいいから一緒に登校しねえ?…あ!みょうじちゃんさえ良ければ、なんだけど」


 そして、松野くんが発した言葉に思わず笑みが漏れた。素直に嬉しかった。もしかして松野くんも私と同じことを考えていてくれたのかもしれない。松野くんの言葉に大きく頷くと、松野くんが嬉しそうに、へへ、と人差し指で鼻をこすった。


「あと、おそ松でいいから」

「うん?」

「あー、ほら。松野って六人いるじゃん?だからさ、俺のことは名前で呼んでよ」

「…うん、分かった、おそ松くん。じゃあ私の事もなまえって呼んでね」

「…うん、なまえちゃん」


 照れたように私の名前を呼ぶ松野くん…いや、おそ松くんに胸がキュンと音を立てたのが分かる。それと同時に赤くなる顔。お互いに照れ笑いをしながら、今度は和やかな気持ちで校舎を見つめた。それから連絡先を交換して、やっぱり何となく別々に教室に入る私たち。だけど、携帯に登録された松野おそ松の文字に心が躍った。私の中に芽生えた小さな恋心が花を咲かせるまで、そう時間はかからないだろう。


これから君を好きになる
(なんでもない月曜のちょっとした非日常)

#03/07/16