いつだって私を助けてくれたのはあなただった。

 学校で暇潰しに行われたいじめの対象に私が選ばれてしまった時。満員電車で痴漢にあった時。私の希望する進路に親が猛反対した時。大本命だった就職先の最終面接で落とされてしまってこれ以上ない程に落ち込んでいた時。

 数え切れないほどに私を助けたあなたは、もう私を助けてくれない。


「俺、彼女できたんだよねえ」

 鼻の下を人差し指で擦りながら照れ臭そうにそう言ったおそ松くんに、私はなんて言ったんだっけ。おめでとうって、笑って言えてたのかなあ。通い慣れたおそ松くんの家からの帰り道。ぼたぼたと大粒の涙を零しながら暗い夜道を歩く私の姿を月が照らしていた。まるで悲劇のヒロインそのものだ。


なんかさあ、道端で女の子が泣いててすげえ悲惨な感じだったから声掛けたんだよね。そしたら彼氏に振られたとかなんとか言って号泣しだすから慰めてやったの。んで、泣き止むまで一緒にいたら、お礼がしたいって言われちゃってさー!よく見たら可愛い感じだし、じゃあお言葉に甘えてって飯奢ってもらってそっから仲良くなって今、みたいな?あーもーまさか俺があんな可愛い子と付き合える事になるとは流石カリスマレジェンド!人間国宝!だははは!!!


 聞いてもいないのに嬉しそうに付き合う事になった経緯を話し出したおそ松くんの台詞が脳内を駆け巡る。私を助けたみたいにその女の子も助けたおそ松くん。困ってた人がいたら助けちゃうなんて、正義のヒーローみたいだとぼんやり思った。小さい頃から私のヒーローだったおそ松くんは、私だけのヒーローじゃなかったんだ。

 じくじくと胸が痛い。お礼なんて、そんなの私だって何回もしたよ。ご飯だって何度も行ったじゃない。それなのに、なんで。どうして私じゃだめなの。ねえ、教えてよ。

 ついに立ち止まってしゃくりあげるようにして泣いた。月は雲に隠れてもう見えない。私を照らしてくれるものは、もう何もないんだ。


 おそ松くん。私今道端で泣いてるよ。きっと側から見れば悲惨な感じだと思うよ。だから、今までみたいに私を助けてよ。そう願っているのに、おそ松くんが私を助けてくれることはもうない。

 ねえ、あなたがいないと私これからどうしたらいいのかわからないよ。だっていつだって助けにきてくれたのに。甘ちゃんだと思われても、私一人じゃどう乗り越えて立ち向かえばいいのかわからないのに。ねえ、おそ松くん。私一体、どうしたらいいの。助けてよ。


 わんわんと泣いてようやく涙が落ち着いた頃、遠くからおそ松くんの声が聞こえてきた。ハッとして振り向くと、そこには確かに走ってくるおそ松くんの姿。もしかして、なんて淡い期待が宿る。

「あー、よかった、まだ近くにいて、って、おい!何で泣いてんだよ!?」

 若干息を切らしながら私の元へとやってきたおそ松くんは、私を見て目を丸くする。なんでもないよ、と呟いて手で涙を拭うと、おそ松くんが私の手を掴んだ。

「なんでもないことはないだろ?どうした?なんかあった?」

 その優しい声は私がいつも聞いてたその声で。パーカーの裾で私の涙を少し乱暴に拭ったおそ松くんは心配そうに私を覗き込む。それが嬉しくて、とても嬉しくてまた涙が溢れてくる。でも。

「…あー。だめだ、やっぱだめ」

「……え?」

 突然私の手を離したおそ松くん。そしてバツが悪そうに後頭部を掻いてみせたあと、ゆっくりと口を開いた。

「……彼女にさ。お前のこと話したら、あんま仲良くすんなって言われてて。それで、その…。それ言おうと思ってたんだけど、言うの忘れてたから…あー、うん。ごめん」

 その言葉は、私の心を粉々にするには十分すぎるほどだった。崩れ去っていく淡い期待と私の心。なにも言えない私を見て、おそ松くんが申し訳なさそうにもう一度ごめん、と謝る。

「…そういうことだからさ、…うん」

 立ちすくむことしかできない私を置いて、おそ松くんが去っていく。遠くなる背中をただ見つめることしかできない私は、それでもまだ私のヒーローを待っているんだろうか。こんなに傷つけられても、まだ。

 その時、ふと目に付いた一番星。雲に見え隠れしているそれを見て、ある言葉を思い出した。

「…星が、綺麗ですね」

 誰に拾ってもらえるわけでもないその言葉は、小さく音になって消えて行った。


星が綺麗ですね
(あなたはこの想いを知らないでしょうね)

#03/06/16