果たして私の知る松野おそ松という男は、こうもウブな男だっただろうか。少なくとも私が知る限りでは道行く美人に鼻の下を伸ばし、異性と少しでも話す機会があればそれを間違いなくものにしていかにその子に触れるか、という事を念頭に置いているような、セックスの事しか頭にないような男だったように思う。

 それなのに。

「あっ、あの、さ。その、寒くね?」

「うん、そうだね。今日は今年で一番寒いんだって」

「あー、そうなんだ!通りで手冷えると思ったー!」

「大丈夫?手袋貸そうか?」

「えっ、あの、いや、…うん。大丈夫」

 先程から横でもじもじと私に手を近付けてみたり、こうして遠回しに手を繋ごうと伝えてきたり、少しでも手が触れようものなら過剰反応して「うわあ!」だなんて顔赤らめて叫びだすこの男は、一体どうしてしまったんだろう。

 彼、松野おそ松とはいわゆる幼馴染という関係だった。これからもその関係は変わる事がないと過信していた私だったけれど、それがどうした事やら成人してから急にあれよあれよと言う間におそ松と付き合う事になり、今日こうしてめでたく初デートを迎えたわけである。

 付き合う時もだいぶ強引に口説かれてまあいいかと頷いた私だったから、今日のデートでもすぐに手を出してくるだろう。私はそう確信していた。

 しかし、実際はどうだ。手を出すどころか、手をつなぐ事さえままならない。誰だこのウブな男は。もしや三男と入れ替わったんじゃあるまいな。疑いの目を向ければ、きょとんとした顔で「なに?」と返された。そしてまた、手をそろそろと握ろうと近付けては離す。一体なんだっていうんだ。

 がっついてるとも思われなくないし、出来れば男の人からリードしてほしいタイプの私は今までずっとおそ松のサインにシカトを決め込んでいたが、余りのヘタレっぷりに呆れて離された手を追いかけて握った。

 するとどうだろう。一瞬にして固まったおそ松は顔を真っ赤にしてだらだらと汗をかき始めた。えっ、なにその反応。

「…おそ松」

「はっ、はい!」

「…一体、どうしちゃったの?」

 おそ松が童貞なのは知っている。でも、私の知る松野おそ松はこうもウブではないし、こうもポンコツではない。それなのに今日のおそ松はなんだ。普段からポンコツ扱いされている三男のチョロ松もびっくりするほどのポンコツぶり。呆れたようにおそ松を見てそう問いかければ、「え?」とやはり顔を赤らめて私を見た。

「だから、どうしちゃったの?なんか今日変だよ」

「そ、そんな事ねえよ!」

「いやおかしい。少なくとも私の知ってるおそ松はこんなウブじゃないもん。いつだって女の子のお尻追っかけ回してたの、私が知らないとでも思ってるの?」

 そこまで言い切ると、今度はおそ松が呆れる番だった。さっきまであんなに硬直して顔も赤らめてたのに、忙しい人。まあ相変わらず顔は赤いけれど。そんな呆れ顔のおそ松に小首を傾げると、大きなため息をつかれた。

「えっ、えー、なによ、そのため息!」

「そりゃため息もつきたくなるって。大体さあ、他の女の子とお前が扱い一緒なわけないだろー?俺がどんだけお前の事好きだと…」

 そして、そこまで言ってハッとして言葉を止めたおそ松。今までも赤かったけれど、そんなの比じゃないくらい顔を真っ赤に染めると、プイッと顔を逸らされてしまった。あ、よく見たら耳も赤い。なにこの人、自分で言ってどんだけ照れてるの。まるで茹でダコだよ。そんなおそ松に、胸がきゅうと縮こまるのがわかった。

 繋いだ手はそのままに、ぐいぐいと引っ張られながら歩く私。どちらともつかない手汗で、繋がったそこは湿っている。本当なら不快に思うその感覚も、不思議とおそ松となら許せる気がして、ふふ、と笑みが漏れた。どうしよう。私思ったよりおそ松が好きみたい。そう思ったらその気持ちを伝えたくなって、繋いだ手を少し引っ張る。まだ顔の赤いおそ松が私を見て、立ち止まった。

「なっ、」

「へへ、おそ松。私思ったよりおそ松の事好きみたい」

 にへら、と笑うと目を見開いてあたふたした後、繋いでない方の手で自分の頭をわしわしと乱暴に掻きむしり、しゃがみ込んでしまった。

「あー、もー、無理!無理!」

 道のど真ん中で、分かりやすく照れるおそ松と、それを見て笑う私。道行く人たちが私たちをチラリと見ていたけれど、そんなの気にならないくらい今幸せだと、そう思った。


ウブな人
(ねー、抱き締めていい?)
(なっなっ、ばっ、かじゃねえの!!?!)

#01/21/16