握った手からは、一松の温もりが感じられる。そんな当たり前のことに酷く泣きたくなった。既に泣いてる一松に、もう一度声をかける。


「一松、ねえ」


 話しかけているのに返事をしてくれない。やっぱりさっきのは幻聴だった?だけど、手を離す気にはなれなかった。この手を離したら最後、今度こそ二度と会えないような、そんな気がした。ぎゅ、と少しだけ力を強くして手を握ると、一松が泣き崩れるようにして私のベッドに突っ伏した。


「ごめん、ごめんなまえ…っ、ごめん…っ」


 布団で声がこもっていたけれど、それでも私の耳にはっきり届いたのは夢の中で聞いた言葉と同じで。私が寝ている間に会いたくて堪らなかった人がこんなに近くにいるなんて思いもしなかった。私は抱きしめたい気持ちをグッとこらえて、ずっと聞きたかった質問を口にした。

「どうして一松が謝るの?なんにも悪くないのに」

 すると一松はびくりと肩を震わせて、そしてしゃくり上げるように泣き始めてしまった。どうしてそんなに泣くのか分からなくて戸惑っていると、涙で濡れた顔を上げた。

「俺が、俺が、なまえを傷付けた…っ、こ、こんな大怪我までさせて、俺は…っ」

 ぼろぼろと涙を零しながら私を真っ直ぐ見つめた一松は私のギプスで固定された腕に触り、そして頬を撫でた。

「ご、めん…っ、ごめん…っ辛い思いさせて、ごめん…っ」

 そして、その言葉を聞いてついに我慢していた涙がぼろ、と溢れた。それから堰を切ったように涙が溢れ出し、もう止まらなかった。


「わ、っ…わた、私っ、ず、っと…っ辛かった…っ」

「…っ」

「無視されるのも…っ、酷いこと言われるのも、っ、家をっ、出た、時も…っ、ず、っと…!」

「ご、め…っ」

「だけどっ!…っそれより、それよりもっ、一松に会えないことの方がずっとずっと…っ、ずっとっ、辛かったよ…っ」

「…え、あっ、なまえ…っ」

「っ、ずっと…っ、好きだった…っ一松が、好きでっ、嫌われててもっ、なにされても!…っ今だって、一松が好きだよ…っ」


 そう言った瞬間、一松の手が遠慮がちに伸びて私をおずおずと抱きしめた。想像していたよりもはるかに温かいその腕の中で、私は嗚咽を漏らす。


「お、れ…なまえを傷付けたよ…っ」

「うん…っ」

「む、無視だってしたし…酷いことも言った…」

「っ、うん」

「家からも追い出した…っ」

「…い、ちまつ」

「事故にも遭わせて、大怪我させて、ほんと、クズだよ。生きてる価値のないゴミ…っ、だ、だけど…っだけど、っ」


 一瞬、辺りが静まり返った。一松の心臓の音がトクトクと早いリズムで刻まれる。


「俺、ほんとはなまえが好きだった…っ」


 掠れた低い声が紡いだ言葉は、ハッキリと私の耳に届いた。

 涙がぼろぼろと止まらない。好きだって、一松がそう言った。私が好きだって、そう言ってくれたの。

 ずっと嫌われてた。邪険にされたし無視なんか日常茶飯事だし、酷い言葉もかけられた。だけど、私は一松が好きで、ずっと好きで、報われない思いだと思ってた。叶わない気持ちだと思ってた。好きなのやめたいなんて何百回思ったか分からないよ。いっそこの恋を手放してしまいたかったよ。

 でも今一松が私を好きだって言ってくれた。それだけで、今まであった何もかもが忘れられた。それくらいに、私は一松が好きだった。



 二人で泣きじゃくったあと、狭い病院のベットで二人で寝た。看護師さんに起こされて一松はこっぴどく怒られていたけど、最終的には許してもらった。それからおそ松たちが来るのを待つ間、二人で色んな話をした。

 今までどこにいたの、とか、どうやって生活してたの、とか、私の怪我の具合はどう、とか、おそ松たちは元気にしてるか、とか。

 話のネタは尽きなくてあれやこれやと話しているうちにおそ松たちがやってきた。一松を見て皆びっくりしたあと怒鳴りつけていたけど、それでも心配してたんだと泣き合っていた。おそ松だけは泣いてなくて嬉しそうに鼻の下を擦るだけだったけど、その表情は和やかだった。

 そして私たちが仲直りしたこと、付き合いだしたことを皆に伝えると、びっくりしすぎて腰を抜かしていた。そのあと一松は十四松に卍固めをかけられたり皆から質問攻めにあったりしていて疲れた様子だったけど、少し嬉しそうでもあった。


 おそ松たちが帰ったあとも一松は病室に残ってくれた。そこで少し話をした。

「…なまえ」

「ん?」

「俺の事、嫌いにならなかったの」

「え?なんで?」

「普通あそこまでされたら嫌いになるでしょ」

「…んー、そうかなあ」

「そうだよ」

「…一松のこと、好き過ぎるからねえ。そんなの、思いもつかなかった」

「……何言ってんの、ほんと」

「一松はあれでしょ、嫌い嫌いも好きのうちってやつでしょ?」

「………まあね」

 否定しない一松に顔を赤くすると、頭を優しく撫でられた。そして優しく抱き寄せられて、小さく「好きだよ」って言ってくれた。私はその胸に顔を埋めて、幸せを噛み締めた。この人の何もかもに、私の幸せが詰まってるんだと、そう確信した。



嫌い嫌いも好きのうち

END


#12/31/15