一松が行方不明になってから数週間が経とうとしていた。おそ松たちは毎日病室に来ては私を楽しませてくれた。暇な入院生活も、おそ松たちの手によればいとも簡単に騒がしく楽しい生活へと変わった。松代さんが病院食は美味しくないでしょう、と言っておにぎりを持ってきてくれることもあった。私は松代さんのおにぎりが大好物だから、それを毎回平らげてしまうのだ。おかげさまで減りに減っていた体重は元に戻り、こけていた頬も元に戻った。

 ただ、一松は見つからないみたいだった。ここにいる以外は兄弟総出で探しているらしいけど、どこにいってもいないんだとおそ松が前に漏らしていた。その時の顔は心配そうで、おそ松はやっぱりお兄ちゃんなんだと実感した。

 そして私は色々と考えて、自分の気持ちに答えを出した。私はやっぱり一松が好きだ。どれだけ嫌われていてもいい、もし次一松に会えたらそれを伝えよう。それでやっぱり私が嫌いだ、私がいるなら出たくないと思うのなら、私が代わりに家を出よう。ただし、今度はちゃんと就職をして今回みたいなことがないようにしよう。そう決めていた。


 一松の夢は今でも毎日見る。やけにリアルなあの夢の中の一松はいつも泣いてて、いつも私に謝る。そして私に触れて、どこかへ消えてしまう。ただ、夢の中でももう私に好きだと言ってくれることはなくなった。それが少し寂しかった。

 傷もだんだん治りかけてきて、今では体を起こせるようになった。早く日常生活に戻りたかった。私も一松を探したかった。


 そんなある日。やけに慌てた様子のおそ松が病室に転がり込むようにして入ってきた。

「なまえ!一松が見つかったかもしれない!」

 興奮した様子のおそ松の言葉に私は目を丸くして、身を乗り出すようにしておそ松に問いかける。一松が、見つかったかもしれない。それは、この上ない朗報だった。

「えっ、一松が!?どこにいるの!?」

「それはわかんねえけど、でもチビ太がこの前深夜にこの病院から出て行くの見たって!もしかしたらお前の病室に来てたんじゃねえか!?」

「…え?」

 そして、その言葉に私は耳を疑った。この病院から出て行った?一松が?嘘でしょう?びっくりして声も出せないでいると、おそ松が私に詰め寄ってくる。

「なまえ!なんでもいいから、なんか思い当たる節はねえか!?」

 そう言われて考える。だけど、そんなのない。むしろ一松が来ていたと私が知ったら車椅子に自力で乗ってでも一松を探す。なにもないよ、と首を振ろうとした瞬間、なぜか毎日見る夢のことを思い出した。やけにリアルなあの夢。毎回私に泣いて謝る一松。触れる体温はいつも温かかった。それに、出て行ったのは深夜。…まさかね。

「…あの、」

「なんだ!?なんかあるか!?」

「……毎日、同じ夢を見るの。一松の。それがやけにリアルで、もしかしたら、」

「それだ!!」

 自分でも半信半疑でそう口に出すと、おそ松が嬉しそうに私の手を握った。そして、言葉を続ける。

「今夜、寝ずに待ってたら一松が現れるかもしれない」

 そんなまさか。だって、いくらなんでもこれは夢の話だ。それに現実の一松が何で私に泣いて謝るんだろう。私のことが嫌いな一松が、わざわざ私のところに来るとは思えない。半信半疑だったのもあり、私はおそ松を疑うように見た。でもおそ松はそうだと信じて疑わないようで、今日は寝ずにいてくれ、と頼まれた。私も私で、藁にもすがる思いなおそ松の気持ちを汲んで了承した。

 …これで来なかったら、なんか申し訳ないな。そうは思ったものの、夜はすぐにやって来てあっという間に消灯時間になった。暗くなった病室で、さてどうやって徹夜しようかと考えた。きっと一松はこない。だってあれは夢だから。そう分かっていたから落ち着いた気持ちで寝ない方法を模索した。

 結局いい案は思い浮かばないまま刻々と時間は過ぎていく。いい加減眠い目を必死に開けながら来るはずのない一松を待つ。でもやっぱり段々眠くなってきて、ついに目を閉じた。あ、やばい、寝ちゃう。そう思った瞬間、静かに病室のドアが開いた音がした。

 ドクン、と心臓が変な音を立てた。もしかして一松?まさかね、見回りだよね?そうは思うものの、変な緊張に眠気が飛んだ。とりあえず目を瞑ったままでいると、すぐ近くに人の気配を感じた。え、え、もしかして、ほんとうに、ほんとうに?


「なまえ…」


 小さく呟かれた私の名前。その声は紛れもなく、ずっと会いたくて会えなかった、行方不明になっていたはずの一松の声で。わあっ、と泣き出してしまいたい気持ちを堪えて寝たふりを続けた。

 その内に一松の手が私の髪をすき、頬に触れる。その優しすぎる手つきに、勘違いしてしまいそうになる。一松は私が嫌いで、だから、だから。でも。


「好きだ…好きなのに…っ、」


 一瞬幻聴かと思ったその言葉に、固まった。好きだって、そう言ったの?一松が?私を?好き、なの?


 そのあとは体が勝手に動いていた。逃げようとする一松の手を握り、閉じていた瞼をゆっくり開ける。


「一松」


 瞼を開けた先には、酷く怯えた顔をした一松がいて。視線がかち合うと、その目から涙が静かに頬を伝って流れ落ちた。


#12/31/15