目の前が真っ白になって、突き付けられた事実に目を背けたくなった。事故で激しく傷ついた体よりも何より心が痛かった。なんで消えてしまったの?私が、私があの家に戻りそうだったから…?だったらそうじゃないって伝えたいのに、あなたにそれを伝える術がない。何も言えない私に、チョロ松が言葉を続ける。
「なまえの手術が成功したすぐ後にいなくなったんだ。勿論探したけど、見つからなかった。今も探してるけど、手がかりがなくて…なまえ、ごめん。混乱するよね」
申し訳なさそうに謝るチョロ松に静かに首を振る。やっぱり、やっぱり私が家に戻るんだと思ったから一松は出て行った。チョロ松の言葉を聞いて確信した。松代さんのすすり泣く声が病室に響いて聞こえる。私のせいで。私のせいで。私のせいで。
私がこの一家を壊してしまった。あんなに私に優しかった家族への恩を仇で返した。その事実に罪悪感で胸が潰れそうだった。そして、例え一松が帰ってきても、私はもう、一松に会えない、会ってはいけない、そう思うと、どうして私はあの時死んでしまわなかったんだろうと悔やんでも悔やみきれなかった。一回目も二回目も私はこの人たちに救われた。それなのに。
「ごめん…なさい」
はらはらと涙が流れ落ちる。口をついて出た言葉はそれだった。それからはもう、止まらなかった。
「ごめんなさい。私のせいで。ごめんなさい。一松が出て行ったのは私のせいです。ごめんなさい。ごめんなさい。恩を仇で返すような真似をしてごめんなさい…一松を…一松を好きになってごめんなさい…っ、わ、私、死ねば…っよかった…!そしたらっ、そしたら、一松は出て行かなかったのに…っ」
パシン、と乾いた音が響いて頬に鋭い痛みが走る。その痛みにハッとして言葉を止めると、目の前には怒ったおそ松の顔が目に入って私は泣くのも忘れておそ松の顔を見た。
「お前、何言ってんだよ!」
「…あ、の」
「死ねば良かったって、本気で言ってんのか」
「………お、そ松」
「お前が死んで一松は出て行かなかったら、それで俺たちは幸せだと思うか?お前が死んで喜ぶって、そう思ってんのかよ!」
そして私は、病室に入ってきた皆の顔を思い出した。皆、私を心配してくれていた。生きていた私に、よかったって、心配したって、そう言ってくれた。きっと、手術中も、手術が成功したあとも、皆私を気にかけてくれていた。同時に、一松のことも。それなのに私は。私は。
「恩を仇で返すっつったけどな、お前の今の言葉が一番仇だぞ」
「……っ、ご、ごめ…っ」
ぼろぼろと泣き出した私に、おそ松は優しく頭を撫でてくれる。その手つきにまた涙が止まらなくなった。だって、松代さんと同じくらいに優しくて温かかったから。ああ、私この人たちに救ってもらって良かった。本当に良かった。そう思えた。
「…一松が出て行ったのはなまえのせいじゃない。俺のせいだ。だから気に病まなくていい。また何かわかったら教えるから」
しばらくして泣き止んだ私におそ松がそう言って、皆病室を出ていった。静かになった病室で私は気づけば泣き疲れて眠っていた。何時間ほど眠ったんだろうか。ふわふわと浅い眠りの中を漂っていると、一松の声が聞こえた気がした。
『なまえ…ごめん。ごめん…っ、俺のせいで…っ!』
ああ、まただ。目覚める前に見たあの夢。でも姿は見えなかった。暗闇の中ですすり泣く一松。ふいに頬に温もりが感じられる。
『…っ、なまえ…っ、でも、好きだよ…、ごめん…』
ぽたりと頬に生ぬるい雫が落ちてきた。なんて都合のいい夢なんだろうか。実は一松が私のことを好きで、私のことを心配してくれてる。そんなこと、あるわけがないのに。それに今一松は行方不明で、こんなところにいるわけがない。分かっていたけれど、手を伸ばしたくなった。
目が覚めるとすっかり夜で、消灯時間も過ぎたらしく病室は暗い。伸ばしたはずの手は包帯でぐるぐる巻きにされて固定されて動いてはいなかった。私が一松に会いたい会いたいと思っているからこんな夢を見るんだ。はあ、とため息を吐くと虚しさが倍増した。
視線を動かして窓に目をやると、ゆらりとカーテンが揺れた気がした。
網の目に風溜まる
(あの夢が本当だなんてそんなはずはないのに)
#12/31/15