夢を見た。嫌われていたはずの一松に抱き締められて、ごめん、ごめん、と泣かれて、そして眠る私の瞼に震える唇を落として、一松がどこかへ消えてしまう夢。何で謝るの、一松は悪くないよ、どこにも行かないで、そう思うのにその言葉は届かなくて、必死に両腕を伸ばすのに触れられなくて。遠ざかる一松の背中が悲しかった。
ゆっくりゆっくりと、意識が覚醒する。重い瞼を開ければ、眩しすぎる光で目が痛い。それでも何度か瞬きをすれば、ぼやけていた視界がだんだんとクリアになって、目の前に広がる白すぎる景色に戸惑った。私、死んだの?そう思ったけれど、どうにも体の至る所が痛くて、死んでも神経なんてあるの?と真面目に考えたりもした。
でも、視界の端にちらりと映った点滴にここが病院だと分かり私はまだ生きているのだと気付いた。一松が私を嫌っていた理由がわかり松野家を出て、それでもやっぱり一松に会いたくてあの家の近くまで行って、私は…。そこまで考えて、目を閉じた。結局私にはとことん一松との縁がないらしい。嫌われているんだから近付くなっていう何かからのお告げなのかもしれない。苦笑いを漏らして再度目を開けると、同じタイミングで扉の開く音が聞こえた。
体が痛くて動かせないから誰がやってきたのかはわからない。きょろきょろと視界を動かしていると、見慣れた顔が視界に映って思わず声を上げた。
「…おそ松?」
すると、ハッとしたように私を見て「なまえ!」と大声をあげて私に走り寄ってきた。何でここにおそ松が?そう思ったけれど、心配そうな今にも泣き出しそうな顔をしておそ松が私を見るから何も言えなくなってしまった。
「お前、目覚ましたのか!?いつ?!」
「え…あの…今さっき」
「体は?痛くねえか?!」
「痛いけど…大丈夫」
「よかった…っ、とりあえず先生呼んでくるから!」
私に質問攻めをするだけしたあと慌ただしく病室を出て行ったおそ松。どうしてここにおそ松がいるのかはわからないけど、おそ松がいるってことは皆私が事故で入院してることを知っているんだろう。…一松でさえ。
そう考えたら途端に逃げ出したくなった。一松だけには知られたくなかった。事故をした場所までおそ松が知っているかは分からないけれど、もし知っていたら。そうしたらきっと一松は嫌がる。家に帰ってこようとしてたなんて思われたらまた嫌われてしまう。今までだってこれ以上ないくらいに嫌われていたのに、それ以上に嫌われてしまったら。
そんなことが頭の中をぐるぐる回った。違うの、そうじゃないの、私はただ、一松を一目見られたらそれで。ああ、でもだけど。それを伝えたところでまた嫌われてしまうだけか。あまりにも無謀すぎる恋心に笑いさえこみ上げてくる。好きなのやめたいな。でも、やめたいからとやめられるほど簡単な想いじゃない。好きと伝えた時の一松の顔が脳裏によぎって、胸が痛んだ。
それからほどなくして慌ただしく医者とおそ松が入ってきた。なにかしていたようななにか言われたような気がするけど、私の頭の中には一松のことしかなくて、それに生返事を返した、と思う。一通り検査をしたらしい医者が去っていくのをぼーっと見送ると、おそ松が私を心配そうに覗き込んできた。それに少しだけ笑みを返すと、もっと辛そうに顔をしかめた。
「なまえ」
「……おそ松。どうしてここにいるの?」
「…最初に事故に気付いたのが俺らだったから」
「……そっか。一松は?私が事故に遭って入院してるのも知ってるの?」
「知ってる。倒れてるのがなまえだって最初に気づいたのは一松だった」
ああ、そうか。一松は何もかも知っているんだ。もしかしたら知らないかもしれない、という期待は綺麗に裏切られてしまった。しかも、一松が最初に気づいただなんて、皮肉にもほどがある。私が一体何をしたと言うんだろうか。こんなのってあんまりだ。『もう帰ってこないでね、ゴミ』あの時の言葉がフラッシュバックして耳を塞ぎたくなる。
「…そう」
「……なまえ、あの時はごめん」
隠していたつもりだったけど、私はあまりに悲惨な顔をしていたらしい。おそ松が辛そうに顔を歪めて私に謝ってきた。おそ松のそんな顔を見るのは初めてで、なんでおそ松がそんな顔をして私に謝るのかが私には分からなかった。だから言った。
「おそ松は悪くないよ。なにも。元々一松に嫌われているのは分かってたしね。原因がはっきりしたってだけの話だよ」
なのに、私がそう言うとおそ松はもっと辛そうに顔を歪めた。いつもは余裕そうに何でも分かってるみたいな顔して実際に何でも分かってて誰よりも頼りになるおそ松。そのおそ松がいま、泣きそうな顔をしている。大方、私が事故に遭ったのは自分のせいだと思っているんだろう。そうではないのに。
「違う…違うんだ…そうじゃなくて…っ」
でも、そうじゃないらしい。意味がわからなくてきょとんとしていると、はっとした顔をして言葉を止めた。そして自分の頭をわしわしと掻き毟ると、「家族に伝えてくる」と言って病室を出て行ってしまった。
一体、なんだというのだろう。しばらく考えて、おそ松の家族に伝えてくる、という言葉を思い出してやっぱり逃げたくなった。一松は来るんだろうか。いやきっと来ないだろうな。私のためにわざわざ足を運ぶわけがない。だって私はこれでもかというくらい一松に嫌われてる。わかってはいるけど、実際に一松がいないのを見てしまったら凹んでしまうだろう。それに松代さんには?どんな顔をして会えばいいの?いろんなことを考えすぎて頭がパンクしてしまいそうだった。
そうこうしている内に松野家のみんなが到着してしまった。誰よりも先に病室に入ってきたのは松代さんで、包帯でぐるぐる巻きにされている私を見て泣き崩れてから私の手をそっと握ってきた。
「…なんでこんなことに…っ、でも、無事で良かった…本当に良かったわ…っ」
その手はやっぱり温かくて、その温かさに私まで泣けてきた。どんな顔をしたらいいかわからないだなんて思っていたけれど、松代さんの温かさに触れてしまえばそんなことも吹き飛んだ。ふたりして号泣していると、うるさいくらいの足音が聞こえてきて六つ子たちが一斉に私を取り囲んだ。
「なまえっ大丈夫なのか!?」
と、カラ松。
「帰ってこないと思ったらこんな大事故に遭って…っ何考えてんだこのバカ!!」
と、チョロ松。
「守ってやれなくてごめんねなまえ…痛かった?」
と、十四松。
「心配した…っなまえのばかぁ…っ」
と、トド松。
私を囲ってみんな心配そうなでもどこかホッとしたような顔を浮かべていて、トド松に至っては松代さんと私に負けないくらい号泣してくれて、みんなのその気持ちが嬉しくてまた泣けてきた。ぼろぼろと涙を流して、そしてやっぱり一松の姿がないことに苦しくなった。やっぱり来てはくれなかった。わかっていた。わかっていたけど、一番会いたかった人に会えないのは辛くてどうしようもなかった。
ひとしきり泣いて落ち着いた頃、チョロ松がぽつりと呟いた。
「…言わないでおこうと思った。だけど、やっぱりそんなことできない」
何を言ってるのかわからなくて目をぱちぱちさせると、おそ松がチョロ松の肩を掴んで「やめとけ」と一言言った。だけどチョロ松はそれを振りほどいて私に近づいてくる。そして、真剣な顔つきで私の見据えた。
「……一松が、消えた」
その言葉を理解するのに、時間はかからなかった。一松が消えた。つまり、それは、一松がいなくなったってことで。頭の中が真っ白になった。なんで、どうして、なんで。私に消えろといったのは一松なのに。消えてしまったのは一松で。じわじわとせりあがってくる涙が、ベットに吸い込まれしみを作った。
水に燃えたつ蛍
(どこへ消えたの、こんなにも会いたいのに)
#12/25/15