俺には弟が5人いる。と言っても全員同い年で、一番早く生まれたのが俺だったというだけで、長男もへったくれもあったもんじゃないと思う。けれど、弟に兄さんと言われて悪い気はしないし、母さんもなんだかんだ俺を長男扱いするからもうそれでいいかと思う。

 そして俺は、3人目の弟松野一松が、一番心配だ。


 一松は分かり辛い奴だ。いつも怠そうでやる気を感じられない目からは希望という文字を見出せたことがないし、卑屈でネガティヴで、兎にも角にも自分に自信がない。六つ子の中でダントツ社会性がなく、ダントツで感情が読めない。そんな一松が俺は心配で堪らなかった。

 だけど、なまえが家に来てから一松は変わった。というよりも、誰よりもわかりやすい男になった。俺や一松以外の弟となまえが仲良くすれば目に見えるほど苛々しているし、なまえが俺たちに笑顔を見せるたびに辛そうに顔をしかめる。なまえと目が合えば耳を赤くしてそっぽを向くし、話しかけられれば少しだけ口元が緩む。

 俺から見れば、一松がなまえに恋をしているのは一目瞭然だった。


 そしてなまえも。家に住み始めて数ヶ月は笑わなかったなまえ。だけど一松のある言葉をきっかけに、なまえは笑うようになったんだ。原因はなんだったか覚えてない。でも一松が「女の子は笑った方が可愛い」と呟いた次の日から、なまえは笑うようになった。多分無自覚だったんだろうと思う。けれど、俺は驚いた。

 俺たち兄弟が会議を開いてまでなまえを笑わせようと努力したのにも関わらず、一松のあの一言だけで笑うようになったなまえ。これを好意がないと捉えらない方が難しい。それに、なまえは事あるごとに一松に視線を向けていた。…まあそれに一松が気付いていたかどうかは分からないけど。

 ただ、二人が両片思いなのはすぐに分かった。それは他の弟たちも同じで、きっとあの二人をもどかしく思っていたと思う。その証拠に、一松の前でわざとらしくなまえと仲良くして嫉妬を促すような態度を度々とっていた。だけど、その行為は逆効果だった。一松はなまえを避けるようになり、それを見たなまえはひどく悲しそうにするだけだった。


 第三者目線から見たらこんなに分かりやすいのに、当の本人たちには分からないんだろう。お互いがお互いを思っている事に。

 だから、お節介をやいてしまった。要らぬことを一松に言ってしまった。そのおかげでなまえは出て行き、一松は前以上に殻に籠るようになってしまった。


 そしてあの日がやってきた。なまえがトラックに轢かれた。意識不明の重体で出血もひどく、病院に運ばれてすぐに手術が執り行われた。重い空気の中、一松が呟いた言葉が忘れられない。


「…やっと、気付けたのに」


 その言葉は、俺に重くのしかかった。俺が余計なことを言わなければ、俺がけしかけなければ。何度も後悔して、その度に泣きたくなった。だけど俺は長男だから。俺が泣いてしまえば、弟たちはきっと余計に混乱する。泣きたい気持ちをぐっと堪えて手術の終わりを待った。

 結果的に言えば手術は成功だった。外傷は酷いが命に別状はないらしい。ほっと息を吐く俺たちと、まだ暗い顔をする一松。


「なまえに傷を付けたのは変わらない」

 そう一松は言った。そして、包帯でぐるぐる巻きになったなまえの手を握り、頬に一筋の涙を流して病室を出て行った。追いかけても、一松の姿を見つけることはできなかった。

 そしてついに、なまえが目を覚ましても、一松が姿を見せることはなかった。


思う仲に口さすな
(俺が仲を引き裂いた)

#12/23/15