心臓がどこどこと激しい音を立てて暴れ回っている。これ以上ないってくらい緊張しているし、手も若干震えてきた。それでも、それでも今日こそは!!


「好きです、一松くん!」

「へえ」


 そうして私の52回目の告白は失敗に終わった。


 今日はばっちりお洒落に決めて髪の毛だって可愛らしくふんわり巻いてきた。それなのに、目の前の男、松野一松は私に目もくれずただひたすらに膝の上でくつろいでいる猫を撫で回してどうでもよさそうに返事をするだけ。こんなのってない。
 公園でひとり寂しそうに猫を抱きながらマスクで顔を半分隠してベンチの上で黄昏ている(ように見えた)一松くんに一目惚れして早半年。

 私は松野家に通い、毎回毎回これ以上ないくらいに緊張して真剣に告白をしているのに彼から得られた返事といえば「へえ」「そう」「頭おかしいんじゃないの」のみ。いい加減心が折れそうだよ一松氏。


「…うん、だよね、うん」


 肩を落としつつ一松くんの横に座ってみる。でも彼は全く動じずに猫をひたすら撫で回している。少しくらい、こっち向いてくれたっていいのにな。一松くんの塩対応っぷりには慣れていたつもりでいる。それでもやっぱり、告白したあともいつもと変わらない対応なのは切ないんだ。

 いつもだったら一松くんが聞いていようがなかろうが、ひたすらに話しかけて私に気が向くように頑張っていた。でもなんだか今日はそんな気になれなくて、無言のまま時間が過ぎていく。


「…ねえ」


 気まずい沈黙に耐え切れなくなってもう今日は帰ろうか、そう思っていたらいつもは絶対に話しかけてこない一松くんに話しかけられた。自分の足元に落としていた視線を彼に向けてみると、その膝にもう猫はいなかった。

 ああ、やだな。なんだかいやな予感がする。私、もしかしてふられちゃうのかな。どんなに冷たくされてもめげずに半年もいられたのは彼が明確に私を拒否しないからで。もし、もしも拒否されてしまったら、拒絶されてしまったら、私はきっと今までのように告白なんてできやしない。


「…俺、一応あんたに話しかけてんだけど」


 ふられたくない、その思いが先行して返事が出来ない私に、一松くんが追い込むようにまた話しかけてくる。私は両手をぐっと握り締めて覚悟を決め、彼の目をまっすぐ見た。


「…どうしたの、一松くん」

「……あのさ、俺のどこが好きなの」


 ふられる、そう思って泣きかけた瞬間、私の耳に届いた言葉は想像していたどの言葉でもなかった。え、とまぬけな声を出してぽかんと彼を見つめると、気だるげにため息を吐かれた。


「俺みたいな生きてる価値のないクズのどこがいいの」

「えっ、なん…」

「俺だったらこんな男願い下げだけど」

「一松く「ねえ、こんな男のどこがいいの」


 口数が少ない彼が、捲くし立てるようにして話している。それだけでも珍しいのに、何故か彼が今にも泣き出しそうな、そんな顔をするから。私は気づけば彼の手をぎゅうと握り締めていた。


「一松くん」

「…なに」

「私、最初にこの公園で一松くんを見かけたとき、すっごく寂しそうにしてる人がいるなって思ったの」

「……寂しくなんてない」

「うん、でも私にはそう見えて、この人の寂しさを取り除いてあげられたらいいのに、って思った。同情してるんだと思われてもいい。それから話しかけるようになって、たまに返事をしてもらえたらすっごく嬉しくて。ああ、私一松くんがすごく好きだって思った。今だってそうだよ。どこがいいとか、そういうのじゃなくて、一松くんだから好きなんだよ」

「………やっぱり、頭おかしいんじゃないの、あんた」


 今まで52回も告白してきて、こんなにも彼に好きだと伝えたのは初めてだった。いつも、好きです、としか伝えたことがなかった私は、一松くんへの気持ちを口に出したことで、自分の気持ちを再確認できた。一松くんは、私が握っていた手を優しく振りほどくとふい、と顔を逸らしてしまった。でも、耳が少しだけ赤くなっていることに気づいて今度こそ泣きたいような気持ちになった。


「頭おかしくても、なんでも、私やっぱりすごく一松くんが好きだよ。本当に、大好きなんだよ」

「……わかったから」


ああ、好きだ。好きだ、どうしようもなく好きだ。照れたようなその声を聞いて、私は気づいたら一松くんに抱きついていた。


「なっ…」

「好き!」

「わ、かったから、…離れて」

「やだ。だって好きなんだもん、離れたくないよ」

「…なまえ」


 紫色のパーカーから一松くんの落ち着く匂いがした。離れたくないと本気で思った。でも、初めて一松くんが私の名前を呼んだから、私はばっと抱きしめていた腕をほどいて彼を見た。その顔は、びっくりするくらい真っ赤に染まっていた。


「……今日は帰る。…けど、明日もここに来るから、…来たかったら、おいで」


 恥ずかしそうにつぶやいた彼の言葉は私を飛び上がらせるくらい嬉しくさせるものだった。そして同時に、感極まって泣いてしまった。そんな私を見て一瞬うろたえた一松くんは、優しく私の頭をなでてくれたのだった。その行為も嬉しくて嬉しくて、また泣いてしまったのは言うまでもない。



好きを伝えるだけ
(ああ、もうどうしたって君が好き)

#11/16/15