「つかれた…」
会社からの帰り道、疲れた体を引きずりながらぼそりと呟くと余計に疲れが増した気がしてため息が出た。今日は散々だった。
私が教育してた新人がとんでもないミスをやらかして部長にこっぴどく怒られた。取引先に謝りにいっても嫌味を言われて、会社に戻ったら新人の代わりに私が新人の仕事をやることになって、ただでさえ自分の仕事だけで残業確定してたのに更に残業時間が増えて終わったのは終電ギリギリの時間。
つかれたーなんていう暇もなくダッシュで会社から出て終電に飛び込んだ。やつれた顔のサラリーマンを見て自分もこう見えているのかと思うとげんなりした。ほんと、今日は散々だった。
こんな日に思うのは、私の彼氏である一松に会いたいってこと。あの猫好きで卑屈で根暗な一松と一緒にいると不思議と気持ちが安らぐのだ。彼の周りだけ時間がゆっくり流れているようなそんな感覚に陥る。
鞄からスマホを取り出して一松の電話番号をぼーっとみつめた。電話したいな、それで、会いたいって言いたい。でも時計を見ると0時45分で、きっともう寝てるだろうと思ってその気持ちをぐっと堪えた。
家に帰ったら部屋着に着替えてビールを飲もう。それで、お風呂に入ってさっさと寝よう。そう思っているのに、やっぱり足取りは重かった。
ようやくマンションが見えてきて私はほっと息を吐いた。階段を上がり、自分の部屋はもうすぐそこ、というところで足を止めた。
…なんか、いる?
私は部屋の前になにかある。もう時間は1時近いのに、こんな夜遅くに誰?もしかして不審者?びびりながら隠れて私の玄関の前に座り込む誰かを凝視していると、その人物が私の視線に気づいてこっちを見た。
「え?一松?」
「…おそい」
その人物は間違いなく一松だった。なんでここにいるの?てかもう深夜なのに?いつから?吃驚して立ちすくんでいると、一松が「さむいからはやく開けて」と言ってきたので急いで家の鍵を開けて一松を迎え入れた。
「え、てかいつからあそこに?」
「…多分、21時とかから」
「え!?うそ!」
家にあげると、一松の顔が赤いことに気づいて長い時間待っていたんだろうってことは予想できた。でも、まさかそんな早い時間からだとは思わなくて申し訳ない気持ちになる。とりあえず体を温めてもらおうとホットミルクを差し出すと、おいしそうに飲み始めた。
「なまえはこんな時間までなにしてたの」
「あ、仕事。残業してたんだ」
「ふうん…」
自分から聞いてきたくせに興味のなさそうな返事をする一松に思わず笑みが漏れた。こういうマイペースなところが好きだ。それに私は今日一松に会いたくてたまらなかったんだ。ゆっくりと流れる時間と、ぼーっとしている一松に疲れた体が癒されていく。
「私ね、今日仕事すごい大変で」
「…そう」
「だから一松に会いたくなったけど寝てるかなって思って連絡しなかったの」
「……へえ」
「でもこうして会えてすっごく嬉しい。待っててくれてありがとう」
「……べ、つに」
照れたようにそっぽを向く一松がすごく愛しくて思わず抱きつくと、一瞬たじろいだあとそっと抱きしめ返してくれた。首筋から香る優しい石鹸のにおいに目を閉じた。ああ、体温がちょうどいい。今日の疲れもあって一松に抱きついたままうとうとしていると耳元で優しい声が聞こえてきた。
「…仕事お疲れ様」
その声を聞きながらゆっくりと舟をこぐ。今日はいい夢が見られそうだな、なんて思いながら。
深夜一時の待ちぼうけ
(会いたかったのは君だけじゃない)
#12/09/15