『なまえ、俺と付き合ってよ』


 あの言葉がどうしたって頭から離れない。あのあと、『はは、なに言ってんの。こんな時にその冗談は笑えないって』と言い逃げした私はおそ松におめでとうの一言も言わずに家に逃げ帰り浴びるように酒を飲んで寝た。

 それで昨日の出来事全部忘れてしまえたらいいなんて思っていたけれどそんなむしのいい話はなくて、激しい二日酔いに苛まれながらもおそ松と一松のことを思い出しては悶々とするしかなくて誰か助けてくれと言いたくなった。


「…頭痛い」

 完全に自業自得なのは分かってはいるけれどどうしようもない頭痛と吐き気に苛立ちを覚える。こうなったのもそもそもの原因はおそ松にある。あいつが私を差し置いて結婚なんてしなければこんなことにはならなかったんだ。ああ、くそ。いらいらする。普段は常備してある頭痛薬もちょうどきれていてそれにも苛立った。盛大なため息を吐くと余計に不幸になった気がした。


 とりあえず水を飲んでシャワーを浴びてベッドに寝転がる。頭痛も吐き気もおさまりそうにはない。またため息が出そうになって慌てて飲み込む。こんなとしたって何の意味もないけれど、悲観的になっている今、それを鵜呑みにしておいたほうが楽だった。

 何の気なしに机を見ると、スマホが目に入った。そういえば昨日帰ってから一度も触ってない。なんとなく見たくなくて目を背けると、それを咎める様に着信音が鳴った。ディスプレイに表示された名前を見て、飲み込んだはずのため息が出る。


『松野おそ松』

 今このタイミングでかよ。げんなりしてシカトを決め込むことにした。だけど、いつまでたっても途切れることのない着信音に私は仕方なくスマホに手を伸ばす。


「…はい」

『あ!おい、なまえ出るのおせーよ!』

 通話ボタンを押ししぶしぶといった感じの声色で電話に出ると、そんなのまったく気にしていない様子のおそ松がうるさいくらいの声量で私を咎める。やめてくれ、二日酔いの頭に響く。思わずスマホを耳から離してこめかみを押さえていると、まだぎゃあぎゃあと騒がしいおそ松の声が聞こえてくる。

「…ごめんもうちょっと静かに話して」

『は!?冷たくない?!ていうか昨日どこ行ってたんだよ、おめでとうの一言もなしに!』

「……あー、色々と」

『色々って何だよ色々って!幼馴染だろー、お前に祝ってもらえない俺の気持ち考えろよな!』

 お前に告白も出来なくて結局ほかの女にとられた私の気持ちも考えろよな、と言い返してやりたい気持ちをぐっとこらえる。途端になんだか泣きたくなった。そういえば私失恋したんだったっけ。一松のあの告白が衝撃的過ぎて悲しむ暇もなかったけど。

「…ごめんって」

『まあいいけどさ。あ、そういえば一松どこにいるかしらね?』

「……さあ。なんで?」

『お前探したっきり帰ってこないんだよ』

「…え?」

 そして、電話口から聞こえるおそ松の言葉に耳を疑った。一松と別れたのは昨日のことで、もう12時間以上経ってる。友達なんかいやしない一松が無断外泊なんてあり得ない。…もしかして、っていうか、もしかしなくても私のせい?もしもの事が頭に浮かんで冷や汗が背中を伝う。

 黙りこくる私に、おそ松が「おーい」と呼びかけてくる。それにハッとして返事をする。

「あっ…あの…ごめん」

『なんで謝んの?…まあいいや!また何か分かったら電話して』

 そうして電話が切れた。でも、私にはそんなことを気にしている余裕はない。適当な服に着替えて適当な靴を引っ掛けて急いで家を出た。一松を探しに行くために。