最初は転んだだけだったのだ。それを彼が受け止めてくれただけのこと。そしてそれはいつもながらの光景でしかなかった。

いつもなら、彼がわたしを助けて後、わたしのそそっかしさだとかを注意したりするはずだった。けれども今日は少し違った。咄嗟に出された彼の腕はわたしを支えきれなかった様で、わたしと彼のからだはそのまま畳に倒れ込んでしまったのだ。それも、わたしが彼にかぶさる形でだ。

どうやら倒れるときにわたしの指尖が彼の着物の合わせの部分に引っ掛かったらしく、それは少しはだけて中の肌色を覗かせていた。状況を把握した彼が謝りながら慌ててそのからだを起こそうとする。
こちらこそごめんなさいと自らの半身を起こそうとして、わたしはその動作を止めてしまった。目を逸らしても滑らかそうな肌がちらついて、ただそれが気になって仕方がなかったのだ。


「……どうかした?」

彼の上から一向に退かないことを不審に思ったのか、彼がわたしに問う。彼が身を起こしたせいで距離がいやに近く、密着していた。


「いえ何にも、」


無い、わけがない。白状すればもう彼に触ってみたくてたまらなかった。わたしにないその平らな胸に手の平を這わせてみたくて、その熱を直に感じてみたくてたまらなかったのだ。

そうして彼が、再び止まってしまったわたしの名まえを呼んだ、その瞬間に頭の中が真っ白になる。









良い子だから、とらしくない声音で彼が言った。けれどもその後に続くはずのわたしを止めるような言葉は、その瞬間彼が飲んだ息と共に消えてしまった。

はだけた着物の内側、薄くてかたい彼の胸板の上をわたしの指尖がゆく。阻むものは何もないその平地、わたしがもつような肌の起伏はなく、ただひたすらまっさらな皮膚の上。


露わになった彼の肩に、青を思わせるほどの黒髪が散る。不健康そうな白い肌とのコントラスト、長い髪が少し新鮮で、なんだかそれが凄くいやらしく見えてくらりと眩暈がした。

細くて長い頸に片腕を回す、目の前の連なる骨の曲線がひどく美しかった。そうしてその中で一番大きな出っ張りをした咽ぼとけを、一度だけ舐めてから口内に含む。彼の吐息が荒々しく漏れる。


「……ほら、良い子だからっ……」


やめなさい、と続けるつもりなのだろう、けれどもそれさえ彼自身の喘ぎ声に阻まれてしまう。わたしはひたすら沈黙して彼の上半身の至る所に指尖を走らせた。性感帯にでも触れたのか、あちらこちらで時々彼の背中が痙攣してしなる、切なげな表情が一層深くなって、細めた目で訴える、それらがどうにも愛おしい。



「武市さん、わたし、」そう言いながら咽のあたりを舌でなぞる。いつもは静かに微笑む口びるに熱を帯びた視線をやって、言った、「わたし、良い子なんかじゃいられません」。そうして、彼の頸を離れた。


そうだ、あなたに触れられもしないで大人しくしているなんて、つまらない、そんな風なら良い子になんてなりたくもない。きっとあなたはこんなわたしを叱るだろう、だからわたしはその前に、愛しいあなたの口びるを塞いでしまおう。




不実にしてよ 




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -