どきどきしながらその扉を開けた。まさか入学早々この部屋に入ることになろうとは考えもしなかった。
教室で数人の友達とお昼を食べていたとき、校内放送のベルが鳴った。呼び出しなんて滅多になかったわたしは、気にせずに会話に戻る。すると予想外もいいところ、スピーカーははっきりとわたしの名前を呼んだのだった。「今すぐ、校長室まで……」、呼び出された部屋にもまた驚く。

「なんかしたの?」友達はみんな怪訝そうな顔をしてわたしに尋ねた。わからない、と曖昧に返事をして席を立つ。

身に覚えは、ないとは言えない。桂先生のことがあるからだ、この間の準備室でのことはやはり先生と生徒という関係上よくないことだった。もしあのことを咎められるなら、おそらく相応の処分が下される。停学、退学?そして先生は―――それはなるべくならあまり考えたくない事態だった。



「失礼します」

「おお、早いな!」

意外にも満面の笑みで迎えられたものだから拍子抜けしてしまう。校長先生は椅子ではなく机に腰かけていて、その後ろに膨大な書類が堆く積まれている。そうして彼は部屋の入り口で固まっているわたしを上から下まで余すところなく眺めた。


入学式での高杉校長の挨拶は簡潔だった。いや、簡潔過ぎだった。壇上へ上って生徒を見回し、「――めでたい日だ、おまえらを歓迎する!以上!」、その声はマイクを通さずとも体育館に行き渡った。そして飛び降りるように壇上から去る、その後に続いた拍手は、短い挨拶に本当に賛同するといった風に響いていた。この人の魅力はこういう所なんだと、わたしは漠然と感じたのだった。



「ふむ…、なるほどおまえがあいつの……まあ可愛らしいが意外な………」

わたしに強烈な印象を植え付けた彼は先程からぶつぶつと何か呟いている。わたしをじろじろと見つめながら。それに耐え切れなくなって思わず口を開く、わたしがなぜ呼ばれたのかを知りたかったし、もし罰を与えられるなら長引かせたくはなかったのだ。


「わたし、何かしましたか」

僅かに声が震える。それでもわたしは高杉先生を見据える。彼は一瞬目を見開いてから、おかしそうに笑った。そうして机から降りると、わたしに近付いて顔を寄せる。その近さにわたしは一層固まってしまう。


「安心しろ、おまえは何もしていない。……むしろ今からおれが何かするんだ」


にやりと、笑った。注がれる強くて熱い視線が、わたしを捉えて離さない。おまえは何だ、どういう奴だ、と問われているようだった。おもしろいものを見つけたと、その顔にしかと書いてあって、そんな彼の瞳の中に呆けた表情のわたしがいた。
圧倒されて少し体を引くと、それに合わせて先生はまたわたしに近寄る。距離は変わらない、いやさっきよりも近いかもしれない。


「好い顔だ」

胸元のスカーフを指尖で摘んで引っ張った。そこに気を取られて自らの視線を落とすと、先生のもう片方の手が急にわたしの顎にかけられ、無理矢理上を向かせる、相変わらずの熱視に息を飲んだ―――その瞬間。



「晋作っ!」

勢いよく扉が開かれるのと同時に、桂先生が駆け込んできた。肩で息をして、髪が少し乱れている。わたしに迫る高杉先生を見つけるなり、その間に割って入った。


「彼女に何をしたっ」

「落ち着け、何もしてない」

睨みつける桂先生と、薄ら笑いのままひらひらと手を振る高杉先生。こんなに怒る桂先生は初めて見た。授業中には、静かに叱ることはあっても怒鳴った事は今まで一度もなかった。


「彼女の事が気になるなら授業の視察でもしておまえが出向けばいいだろう!そもそも彼女は何もしていないのに呼び出しなど……」


ああ、わかったわかった、と耳を塞ぎ始める高杉先生。それに諦めたようなため息をついて、桂先生はわたしに向きなおる。申し訳ない、と言わんばかりの表情。


「晋作がすまなかったね。何かお詫びを……放課後、大丈夫かな」


おれをいちゃつく口実にするなよ、と後ろで高杉先生がからかう科白に、顔が赤くなるのを感じた。馬鹿な事を言うな晋作、と桂先生が尖った声で否定する、その頬が僅かに赤いのは、気のせいだろうか。



 彼の彼女を視察しよう



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