ラベンダー色の午後



高鳴る鼓動がうるさかった。早足に向かう目的の科学準備室は、別館の2階の端。
キュキュと、上履きが音を鳴らす。その音を響かせて階段の踊り場に差し掛かった時だった。目指す2階の廊下から何やら声がして、私は慌てて速度を落とす。



「……あ〜残念だったね!」
「折角桂先生の為に頑張ったのになぁ」
「でも、先生って甘いもの嫌いなんだね。ショックー」



そう言いながら通り過ぎて行ったのは見知った顔だった。隣のクラスの女の子達。そしてもしかしなくても、歩いて来たのは科学準備室の方からで。手には今日の調理実習で作ったクッキー。

そっか、……受け取ってもらえなかったんだ……。


そんな私の手の中にも、同じものがある。思いの他、上出来だったクッキー。
張り切ってたラッピングには、ラベンダー色のリボン。
この色は、桂先生に似ていると思った。
寒色と暖色の混じり合う中性的な色は、冷静で大人で、知的で優しい、あの人に似ている。多分、好きな色なんだと思う。ネクタイの色も、その系統が多いように見受けられた。そして、それは私の好きな色でもあった……。



……先生は、甘いの、嫌いなんだ……。チクリと痛む胸を無視して、私はそれをカーディガンのポケットに入れる。だけどそのまま帰る事も出来ない。今日は化学の授業が無かったから、まだ一目も桂先生を見ていないのだから。


恐る恐るノックをすると、どうぞ、と優しい声が返ってきた。
失礼しますとドアを開けると、桂先生は今日も真っ白な白衣姿で穏やかに微笑んでくれた。


「あぁ、君か。どうぞ?」

そして、いつもの隣の席を進めてくれる。私も迷わずそこに腰を下ろす。ひんやりとした科学準備室。机の上には沢山の資料。先生はプリントを作っていたみたいだった。邪魔……しちゃったかな?恐る恐る顔を上げると、眼鏡の奥には優しい瞳。先生は笑って、「丁度何か飲もうと思っていた所なんだ。良かったら一緒に如何かな?」と、言った。
私は慌てて頷いた。



コーヒーの良い匂い。柔らかい湯気と一緒に、ふわっと空気が優しくなった。「はい、どうぞ」と、そっと差し出されたカップを受け取って一口。桂先生が淹れてくれたコーヒーが飲めちゃうなんて、私はどれだけ幸せなんだろう。

「あの、凄く……美味しいです」
「ふふ、そうかい?それは良かった」


桂先生が微笑んで、それに距離も近いものだからやっぱり落ち着かない。私はじっと微かに揺れるカップの中の褐色の液体を覗き込む。


「ねぇ、君はお腹が空かないかい?」


すると降ってきた予想外の言葉。それにハッとして顔を上げる。はい、と答えるのも恥ずかしくて、私は慌てて首を振る。

「そう?コーヒーに甘いお菓子でもあれば最高だな、と思って」
「……え!?桂先生……甘いもの、嫌いって……」
「……いや。好きだよ」


そして桂先生は、私の方に身を乗り出したかと思うと、指でチョンと、カーディガンの膨れたポケットをつついた。


「……あ……!」
「……君の手作りだよね?私が頂いても良いかな?」


混乱する頭の中はフル回転なのに、少しも状況が理解出来ない。
私が答える間もなく、するりと伸びた長い指は、リボンの端を捉えて袋をそのまま引き抜いてゆく。

陽の目を浴びることの無い筈だったクッキーが、今桂先生の手の中にある。しゅるしゅるとほどかれるリボン。綺麗な指がクッキーを摘まむ。そして綺麗な薄い唇の中に吸い込まれてゆくのを、私は只々眺めるしか出来なかった。


「……この色は、私の好きな色なんだ。だからこの色を見ただけで、私の事を考えて私の為だけに作ってくれたのか……と、自惚れてしまいそうになる……私も困ったものだね……」

「……わ、私こそ!私のクッキーだけ食べてもらえるなんて、ほ、ホントに自惚れます……」

「……ふふ、君が自惚れくれるのなら、有難い申し出を断ってきたことも報われるかな……凄く美味しいクッキーだったよ、私の為に、ありがとう……」



見上げた先には、今日も柔らかいラベンダー色のネクタイが見えた。
あぁ、やっぱり私はこの色が……そしてこの人が凄く好きなんだ。そして、少しずつ近付いてくる青紫につられて、静かに瞼を伏せる。


コーヒーの優しい香りの中、私の放課後は、優しいラベンダーに包まれた。








進行形彼氏のゆずさまより、
学パロの桂先生を頂きました!
ぼやきでぼそっと呟いた先生事情の桂先生(科学)をゆずさんに何度も褒めてもらえて幸せでした(笑)そしてそれを書いてもらえるとはっ!心臓がもたない…!優しくてほんわかするお話で、桂先生はもちろんなんですが小娘が可愛らしくって。ゆずさんのおかげで桂先生の妄想がさらに広まってあああ、ありがとうございますっ…!



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