雨は昨夜からずっと降り続いていて、しとしとと静かな雨音は、真夜中の情事の最中にもずっと鳴り響いていた。
僕にはその音がとても心地よく感じられた、熱を持って汗をかくふたりのからだを綺麗に洗い流してくれるようで、けものじみたその行為を何か別の清らかなものに塗り替えてくれるようで。そしてふたりは絶頂を迎え、背負うようにして響く雨音を、からだにまとわりついてくるその音を、遠い向こうで聞きながら僕たちは抱き合ったまま眠りの底へ落ちていった。




明け方、まだ誰も起き出して来ない時間帯にはっと目が覚めた。少し早かったようだと苦笑しながら、布団が肌を擦れる感触に昨夜のことを思い出した。美しかった、美しい夜だった。夜目がきかぬ程の暗夜で頼りになるものはたった感触と音だけ、てのひらで辿る彼女のしなやかな裸体、快楽と羞恥とを切なげに訴える声音、そして屋外のふぞろいな水音はそれをただただ装飾していた―――それは、なんて美しかったろう。

こころ内を記憶に浸しつつも布団の中の温みを探ると、しっかりと抱いて眠ったはずの彼女がどこにもいないことに気づく。けれどもむくりと起き上がり部屋を見回すと、彼女の姿は簡単に見つけられた。もうすでに身なりを整えたようで、襖を少しだけ開けて外を眺めていた。どうやら雨はまだ降っているらしい。



「起きていたのか、奈々さん」

「ああ、おはようござ……い、」

振り返りかけた彼女は僕を見るなり勢いよく顔の向きを戻した。「ふふふ服を着てくださいっ」、そう小さく悲鳴をあげる。その反応に笑いをこらえ切れず、仕方ないから枕もとに乱雑にしてあった浴衣に袖を通す。「昨夜はあんなに裸の僕を欲しがったのに?」、そんな意地悪を言いながら。


着終えて、彼女を床に呼び戻そうかと考えたが、折角格好を整えたのだからとそうするのを止めた。代わりに僕が彼女のもとへ近寄る。小さな背中を、後ろから抱え込むように抱きしめる。


「おはよう」
「……着ました?」
「着てないよ」
「ええっ、ちょっと!」
「はは、嘘だ」
「もうっ」


 





「……雨垂れを見てたんです」

他愛ない会話の後に、彼女がぽつりと言った。その黒い瞳が見つめていた軒先から雨粒が滴る。

「雨、好きなの?」

「いえ、あんまり………雨の日って退屈じゃないですか?」

そうかな、と返事をしてその髪を梳くように撫でた。指尖は滞ることなく毛先まで行き着いて、それを何度か繰り返したあとに掻き分けると、白い項が姿を現す。そこに顔を埋めて口付ける。



「武市さん、もう朝ですからっ」

「退屈なんだろう?僕が相手をしよう」


口付けを止めずに、角度を変えて幾度も彼女の項を貪る。早急すぎるかと思いながら腰を抱いていた手を上の方へ持って行く。衣越しに膨らみを弄って徐々に乱れてくる彼女の呼吸、愛おしいと目を細め、赤く染まり始めた首筋をきつく吸う。

からだを震えさせながらそれでもなお僕を制そうとする。これ以上はいけない、と示された手に、僕は自らの指尖を絡めた。




「大丈夫―――この霧雨が全て隠して綺麗にしてくれる」


そう囁いた途端に彼女は抵抗するのを止めた、観念したようなため息を吐いて、全身を僕に預ける。「素直な子は好きだ」、呟いてもう一度項に唇のあとを付ける、そうして彼女の着物をまた乱してしまうことを、あとで謝らねばならないなと考えた。


雨音はやさしく鳴る。きらめく粒は心地よく空中を下ってゆく、それを薄く閉じたまなじりでとらえた。退屈さなど一体どこにあるだろう、奈々、僕はただ君さえ居てくれるならそれで―――。



 




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