「朝だよ、奈々さん」

布団の中でまだ眠りを貪っている彼女の顔を覗き込む。愛らしい寝顔はやや傾いで枕に埋まり、僅かに開いた口びるから寝息が漏れていた。

「奈々さん」

「………ん」

再び声をかけ、ゆるやかな曲線をした頬に触れる。その感触に気付いて眠りの底から僅かに浮上したらしい彼女が、薄く目を開く。そうして滑らかな肌を撫でていると、彼女は心地良いとでも言った風に少し微笑んでまた目を閉じた。


「起きなさい、朝だ」

彼女が再び薄く目を開く。僕の方、僕の声のした方へとまだまどろんだままの視線を寄越す。

「…お早う、ございます、たけ……あっ」

完全に僕を確認して挨拶の途中で言葉を切り、勢いよくその身を起こした。目も口もぼう然と開かれ、頬が徐々に赤く染まっていく。その姿があまりに可愛らしくて僕は笑いを堪えきれない。


「ふふ、お早う」

笑う合間に挨拶をする、それに彼女はぎこちない笑顔を返した。
この一連の反応からすると、やはり彼女の昨夜の夢の中に僕は登場していたようだ。それも、朝から説明するにはなかなか気が引ける形で。それもそのはずだ、僕を一晩中眠りにつかせなくしたあの寝言、甘やかなあの寝言は、そういう類のもの以外であるはずがない。

それにしても全くいじらしい子だ、と目を細める。そういう反応をするから苛められることになるのに。



「昨夜はよく眠れたようだね」

「え、えっと、はい」


彼女は依然僕から目を逸らしたままだった。決まりの悪そうな表情でずっと布団に視線を落としている。


「昨晩、君の寝言が聞こえたよ。どうやらとても良い夢を見ているようだったが、」

僕の言葉にはっとその顔をあげ、手で口を抑える、けれども彼女はにこやかに喋り続ける僕の顔を見ようとはしない。
頬だけでなくその耳も首筋も真っ赤になっていた。言葉を投げかける度にこうも面白い反応をされては、やめようにもやめられない。



「一体どんな夢を?」


先程彼女が起き上がった時に外れてしまった手を、もう一度彼女の頬へやり、上昇した体温を感じながら撫で回す。



「恐らくこういう風だったのではないかな」

そうしてもう片方の手を、口をぱくぱくさせている彼女の肩へ持っていき、少々乱暴に力を入れた。その力に押された彼女のからだは、いとも簡単にさっきまで寝転んでいた布団へと戻される。
頬骨のあたりを行き来する指尖を、ぷっくり膨らんだ下口びるまで滑らせる。親指でその中央を抑えると、艶やかなまでの弾力をもって押し返した。

彼女の潤む目を見下ろす。その綺麗に並んだ二つの瞳は僕を見つめる。まどろむのでもなく、逸らすのでもなく。



「駄目、か」

上がったままの口角をして僕は呟く。彼女の昨夜の科白だった。それを彼女自身が覚えているのかはわからないが、それでも僕の呟きに息を飲んでからだを固くした。僕の一挙一動に従順な程のその返事に、僕はやはり微笑みを止めることが出来ない。昨夜は僕の方がやられてしまっていたが、こうなってはもう逆の立場だ。



「何が駄目なのか、最後までしっかり教えて貰わなければならないな」


昨晩はあんなに静かだったのだから、今朝は少々騒がしくしたって構わないだろう、そんな事を考えながら、彼女の柔らかな胸元に綻ぶ口元をうずめた。



 夢路は朝方に踏めよ



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