柔い感触の数秒後に、口びるを離した。どんな顔すればいいかわからなくて、そのまま目も合わせられずに俯く。ひたすら、無言。頭の中はもう真っ白になってしまって、取り繕うような言葉は何ひとつ出てこなかった。目のやり場もない。彼の鮮やかな紫色の着物だって一秒と見ていられない。
彼とのそれは初めてなんかじゃないのに、心臓は不自然な位に鳴っている。胸の深奥に火でも付けられたみたいに熱い。それはあっと言う間に飛び火していって、頬がもうなんだかおかしな感覚になっている。

知られてしまう、とおもった。この拍動が、この緊張の音が、わたしの体内から漏れてすぐ目の前にいる彼の耳もとまで届いてしまう。そうしたらきっと彼は呆れるだろう、ファーストキスならまだしも回数だけは重ねたはずなのだ、多くこそないけれど、それでも。

誤魔化すように咄嗟に口が開いた。


「――あのう、」
「――君との、」


一瞬自分が何を言ったか聞き取れなかった。あれ、わたし今何て、混乱して思わず彼を見れば、彼もまた半開きの口をして驚いている風だった。そしてすぐに、ああ言葉が重なってしまったんだと理解した。あの、どうぞ、と彼の言おうとしたことの続きを促すと、彼はその特有の笑みで返事をした。



「いや、君との口付けは、何回しても慣れないようだと思ってね」


その言葉を聞いて吃驚した。慣れないって、桂さんが?いやそうじゃなくて、桂さんも?だ。まさかわたしと同じ気持ちだとは思ってもみなかった。


「心臓が、騒がしくっていけない」


そう照れてみせ、彼は自分の胸へわたしの手をあてがった。たしかに、それは鳴っていた、なるほどどくどくと大きな音を立てて。着物と彼の肌の一枚向こう、わたしの手のちょうど真下に彼の鼓動はあった。静かな彼の静かでない鼓動。それははやくて、熱い。


「君はどう?私とは違うのかな、それとも」


掴んでいたわたしの手を離すと彼の細い指がわたしの左胸に触れ、そのまま手のひらが覆い被さる。驚いて一瞬身を引いた、けれどもいつの間にやら彼のもう片方の腕はわたしの背後に回されていて、わたしが後ずさるのを止めてしまった。


「……同じだね」

彼がくすくすと笑う。同時にわたしは彼の胸の中へ飛び込んだ。彼の身体の温みがただただ愛おしかった。決して冷たくはないその身体は、わたしとそっくり同じ身体をしている。



「良かった」


わたしだけなんだとおもってた、そう言ってぎゅっと彼を抱きしめる。阻む境界の皮膚を超えるように、強く抱きしめる。すると彼もまた同じ強さを、同じ想いで返してくれる。
潰れる肺、けれどもきっとそれ以外の要因で息は荒くなる、そうして先程から苦しく締め付ける帯と着物が彼の手によって緩んでいくのを、わたしのからだの何処かが感じとっていた。



皮膚下はつながる



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -