見下すような目も言動も、このひとの元来の性質だと割り切れるようになったのはつい最近のことだ。その裏に興味や愛情があることも、今ではなんとなく理解している。偉そうな口振りでわたしのことを馬鹿にして、薄笑いを浮かべる口元こそがこのひとなのであって、甘くときめくような科白なんか言われた事もなければ、そんなものよりも辛辣な嫌味の方が逆に安心する位だ。


長州藩邸で会合後、夜が遅くなったので泊まることになった。夕食を食べ終え、わたしはすぐに他の部屋へ移った。桂さんがその方が良いと言ったからだ。宴会になるだろうから、酔っ払いの中にわたし一人いるのは危険だと。不服ではあったけれどわたしは大人しくそれに従った。わたしはお酒を飲むつもりはなかったし、酔っ払いに絡まれるのも確かに御免だったから。
別室に敷かれた布団に潜り込む。遠くで聞こえる笑い声に少し寂しくなったが、それでいてわたしはすぐに眠りに落ちた。




「小娘え」

肩を揺らされて目を覚ますと、大久保さんがそこに座っていた。「やっと起きたか」と言った彼は、お酒には強いはずなのに珍しく顔を真っ赤にする程酔っていた。余程飲んだのか、元々のたれ目がさらにとろんと垂れ下がり、呂律は殆どまわっていない。

「ど、どれだけ飲んだんですか」

「あいつらみいんな、潰れてしまって相手がおらんのだ」

これだから酒に弱い奴はつまらん、と言うけれど、きっと皆大層飲まされたのだろう。
相手がいないなら寝たらいいんじゃないですか、とお酒の匂いに顔を顰めながら言った。


「おまえが相手をすればよかろう」、大久保さんがずいと顔を寄せてきた。普段では考えられない至近距離に戸惑う。それでも眼は、逸らそうと思っても逸らせなかった。透き通るような赤茶色の双眼にわたしが映る。隅々まで見透かしてしまいそうな熱視の、その奥にある炎の揺らめきは確かにわたしをとらえていた。
引き込まれてしまう―――わたしは知らない、このひとのこの眼の感じは、今までに見たことがない。



「口吸いしろ」

口を開くなりそう言って、口びるを突き出した。

「お酒くさいから、いやです」

「なんだ、素面なら良いのか」


にやりと笑って、糸が切れたようにわたしにしだれ掛かる。彼の顔がちょうどわたしの首筋に行き着いた。呼吸が擽ったくて、体が僅かに跳ねる。それを誤魔化すためにわたしの口びるが彼の名を呼んだ。返事をするように、彼の腕がわたしの腰に回され、きつく抱きしめる。



「奈々、奈々、奈々」


「おまえを愛している」


予想外の言葉だった。彼とは結びつく筈のない、甘くときめくような科白だった。ぴりぴりと痺れるような熱情が本当に彼の口から吐き出されたものなのか。
おまえを愛している、おまえを愛している、愛している………。かすかなようで力強く、熱っぽいその響きがわたしの頭の中で木霊する。彼の内側に潜む愛情を、なんとなくとは言え知っていた筈だった。けれどもそんな言葉で、そんな声音で表されるものだったとは。



突然の出来事に焦っていると、彼の体がすっと離れた。一瞬合った目はすぐに逸らされる。


「……酔っている、介抱しろ」

思わず笑って返事をすると、大久保さんはふん、と鼻を鳴らした。彼の顔がさっきより赤いのは、酔いの回ったせいなのか、ああ、それとも。


    氷海に燻る



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