大久保さん、と私の名を何度も呼ぶ艶声に、背筋がびくりと震えた。そうだ、欲しかったのはこれだ。この、見初めた時から惹かれ、恋焦がれていたものを、ずっと掌握したいと思っていた、からだや声や、この小娘自身を、私は今この瞬間から食らってしまう事が出来るのだ。

先程とは体勢を変え、丁度私に押し倒されたようになっている小娘の顔をよく眺めた。
かすかに潤む目元は光る。赤い口びるはそれよりもっと赤い舌を覗かせる。熱の頬、またたく睫、生きている頸動脈のある、鮮やかな部分。そういう色香を匂わせるところひとつひとつをこの口びるで啄んでゆく。


「…阿呆め、そんな顔をするな」

それは、欲情する女の顔だ。私を欲しいと思う女の顔。ただのそれなら、今まで他の幾夜もの情事で見てきたはずだった。けれども、この小娘は彼女らとは明らかに違う。目に見える程の荒い息をしている、なんとも悩ましいその顔は私を大変喜ばせた。きっと本当に欲しがるというのはこういうことで、この私がここまで溺れるのは些か気に食わないが、心地が良いと思うのもまた事実。


「だって」、今にも泣き出しそうな小娘の声色に、口元が綻ぶ。

「待ちきれないとでも言うのか?…おまえ、触るだけでこうなるのなら全く底が知れないな」

戦慄く口びるをして私を睨んでは、もういいですと強がって顔を背ける。そうして現れる耳朶に息を吹きかけた。小娘は糸で引っ張られるように咽喉を仰け反らせる。


「もう、本当に馬鹿っ」

吠える小娘に、「そんな事を言ってもいいのか」と囁くと、肩が怯えたように強張った。そういうの仕草がいけない事を、この小娘は何ら学習していない。大袈裟にため息をつくと、背けた顔を元に戻して、おずおずと私の表情を窺う。


「折角優しくしてやろうと言うのに、苛めたくなったろう」


眼を見つめる。黒目がちな眼。私を真っ直ぐにとらえる、嘘も濁りもない清い眼。いかにも、欲しいものはたったこれだけなのだ。そして食らう、どれ程甘いかは、もう既に解っている。
どちらのとも言い切れぬからだの熱を感じながら、小娘がまばたきをする度に外の光が反射して煌めくのに、まだ夕方にすらなりきっていない事を思い出した。全く、夜を待てずに盛るなど苦笑する以外に何があろう。



「くださいと言い給え」


白の歯列を揃えて熟れた口びるに、がぶりと噛みつく。
目もあてられぬこの欲望を、陽の下でまるごと曝してやるのもそう悪くはない。



「そうしたら総てくれてやる」




―――いいや、いっそ、夜など来ずともいっこうに構わぬ。



 果実は溶かして食べて



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