葉巻の匂いがするキスは、あまり嫌いじゃなかったように思う。乱暴ではあったけれど彼は確かにわたしを可愛いがってくれた。それが彼の野望のための利用に過ぎなくても、もしくは本当の愛情だったとしても、わたしとしてはどちらでも構わなかった。ただ彼はわたしを可愛いがってくれたのだ。

大きな手の平だって嫌いじゃなかった。その反対側の手の金属も、鋭く刺すような目つきも、いやな笑い方をする口元も同じように。







「サー・クロコダイル」

「……何だ」

砂嵐を遠くに見ていた。それは元々は彼が起こした小さな砂埃だった。段々と成長し大きくなって、もっと遠くへと、もっと遠くのオアシスへと、揺るぎない足取りで地平線に沈んでゆく。


「あなたを愛しているわ」

「はっ、言うぜニコ・ロビン。おれだって愛しているさ、もちろん愛しているとも」


そんなものは存分に与えてやる、と薄い唇が言った。それは素敵だわ、と彼の言葉に笑みを返しながら、頭の隅ではあの砂嵐が襲うオアシスのことを考えていた。

 


今、死んだ組織を離れて違う船に乗っていても、思い出すのは彼のことばかりだ。思い出す程のその他の記憶なんてそう持ち合わせてはいないからかもしれない。忘れたいことならとっくに忘れているはずだ。それだから数少ないわたしの記憶の大半は彼が占めている。彼の言動も、呼び方も、仕草も、キスの味も、ひとつ残らず全て覚えている。
彼を愛していた、それを愛と呼ぶのかは知らない。けれども愛していた。あの時、わたしにとってあれだけが本当の愛だったのだ。



この幸福すぎる程の船上で、わたしはやはり彼のことを思い出す。わたしはあの時確かに、溺れるならあの砂漠が良いと思っていた。



 茫漠の砂は塩水



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