眼鏡の奥の瞳を、知りたいと思うようになったのはいつからだったろう。わたしに曝すのを避けているその本当のひとを、ひとつ残らず全てを、知りたいと思ったのはいつからだったろう。


「お嬢さま?」

思わず手が伸びていた。
首を傾げてこちらを見ている真壁さんと目が合って、わたしは慌ててその手を引っ込める。

今日は一緒に頂きましょうと、半ば命令のように午後の紅茶を共にする。私で良ければお相手しますといつもの律儀な声が言った。真正面に座る真壁さんはいつもより目線が近くて少しだけ困惑する。自分で誘っておきながら、なにをそんなにと自分に苦笑した。


「いかがなさいました」

「いえ、なんでも―――」

レンズ越しに目が合う。
それが何だかとてつもない距離に思えた。例えばこのテーブルを挟んで座ることも、敬語も、「お嬢さま」も「真壁さん」も、当たり前の距離が当たり前じゃないように遠かった。本来ならこんなことは考えないのに、今日はなんだかおかしい。眼が、近い。遠い。この距離を取っ払ってしまいたい。


「眼鏡、かけてるひとのを、外すのが好きなの」

そう呟くように言ってからまた手を伸ばした。目を丸くした真壁さんは、その手を避けようとしない。


「それはまた―――、」

抵抗なく、真壁さんの裸眼はあっさりとそのすがたをさらした。綺麗な眼をしていた。律儀で賢そうないつもの印象と違って、なんだか優しそうに見えた。
真壁さんの言葉の続きを催促するように、思ったよりも細いその眼鏡のフレームを揺らす。


「それはまた、悪趣味ですね」

くくっとのどを鳴らせて笑う真壁さんにつられて、わたしも息だけの笑みが漏れた。

「失礼ね」

頬を膨らませる真似をすると、お許しくださいと微笑みながら言った。眼と同じに優しく、あの遠さがないように思われたのが嬉しかった。


あなたのことを知りたい。あなたがどういう風にわらうのか、あなたの体温も、てのひらの感触も、わたしはまだ知らない。
あなたとの距離を埋めるやりかたを、あなたは、わたしに教えてくれなくっちゃいけない―――わたしは、あなたを好きになりたいから。

考えがそこまで及ぶとはっとした。取り付くろうように目を逸らした。


「すてきよ」

微笑んでひとつ誉めてから眼鏡を返す。光栄ですと真壁さんはそれを受け取った。


今日はなんだかおかしいと自嘲気味に、けれども嬉しくて堪らなかったのも事実だ。頬の少し赤いのを、真壁さんならもしかすると気づいたかもしれなかった。




 氷壁のひと




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