パウダールームから二度、囁き声で僕を呼ぶ。何かと思って近寄ると、ドアの隙間からお嬢さまが顔を出した。きまりの悪そうな表情で僕を見て、すぐに視線を逸らす。


「背中の、ファスナーが」

閉められなくて、と声は消え入る。それに僕は頷く。

「ああ、お手伝いします」


ためらいがちにお嬢さまはドアを開く。仕草のひとつひとつは明らかに僕を意識してのものだった。そんなに強張らなくても、と思いつつ、少し嬉しかったりもする。
けれども僕を中に入れたのはいいが、お嬢さまは一向に振り返ろうとしない。仕方ないから僕が少し強引にお嬢さまの背後にまわり込んだ。あ、とお嬢さまが声を漏らす。


お閉めしますね、と笑うのを悟られないように真面目な態度を装う。ファスナーの金具を指尖でつまむと、ぴく、とお嬢さまの背中が震えた。

その反応に僕はすっかり面白くなってしまって、この僕を意識し通しの可愛い女の子を苛めたくてたまらなくなる。金具から手を離す、次いで同じ指尖を今度は彼女の肌へ直にあてる。そうして、つ、とファスナーを上げるみたいに這わすと彼女は大きく仰け反った。


「しゅ、瞬くん!」

「ふふ、背中弱いんですね」


手のひらで柔肌をまさぐる。翳りのひとつもない真白の背中。ファスナーを閉めて衣服で隠すには惜しい、けれどこれを自分以外の人目にさらしたくはない。彼女はたった今僕だけの持ち物なのだ、まるで普段の身分とは正反対の考えに思わず笑みが漏れた。僕の主人は僕のもの、彼女の執事である僕のもの、なんて。



「綺麗ですよ」

衝動的に口びるを寄せた。そうして砂糖を舐めるみたいに舌で触れる。


「あっ、やだ、瞬っ……」


お嬢さまの背筋に快感が走る、その反応を心地よく眺め、一面の砂糖をまた貪る。閉じられるはずだったファスナーを入り口にして、衣服と肌の隙間を僕の手のひらがゆく。痩せたくびれや、柔らかな部分を蛇みたいに指尖をくねらして味わう、僕の口びるからはなるほど淫猥な音が響いていて、その度に彼女は少し喘いだ。


瞬くんの馬鹿、と吐息まじりに言うから全ての動作を止めてやる。するとお嬢さま動揺したように僕を振り返った。にこにこと笑う僕を見て眉を顰めて、すぐに前を向く。そうして不機嫌そうな、それでいて縋るような声音でお嬢さまが「手伝って」と言う、その意味を理解して僕は素直に返事をした。


「脱ぐの、お手伝いしますね」




ファスナーと秘密事



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