短く切られた髪は、そのかたちのよい耳を隠したりはしない。耳朶に飾られているひとつの粒と輪。それは彼の頬や首筋のあたりまでをなるほど彼らしく装飾していて、目立ちすぎず、地味すぎずそこに佇んでいた。



「ピアス……」

呟いた単語は彼の耳朶に浮かぶそれの名称。わたしはそっと手を伸ばして触れてみる。親指と人差し指で挟むようにすると、後ろっかわの針のような出っ張りが柔らかく指尖に刺さった。


「お嬢さん」


親指の下の丸い一粒を、少し撫でる。すると彼は苦笑いをしてみせ、困ったような調子でわたしを呼んだ。けれどもわたしはそれを無視して彼の耳元を熱心に見つめる、彼の目は、わざと見ない。



「わたしの名まえをしらないの?」

「……そんなわけ、ないでしょう」


確かにわたしは彼のお嬢さんなのだけれど、正しくはない。わたしは彼のお嬢さんであってお嬢さんでないのだ。そして今のわたしは後者だった、彼もきっとそれを知っているはずなのに、お嬢さんでない方のわたしの名を呼ぼうとはしない。
いつも、そうだ。彼はわたしの名まえを甘く響くように発音するのを極力避けていて、ついでに言うと触れることもしようとはしない。その接触のなさと言ったら、本当にふたりは恋びとなのかと疑ってしまうほどだ。



「お嬢さんなんかじゃ不満なの、言わせないでよ」

「そんなに名まえがいいっすかね」

うん、とわたしは素直に頷く。わたしの指尖になされるがままになっている彼の耳元、そこに口を近づけた。息だけで囁く、「呼んで」、そして彼は観念したようにため息をつく。思わずわたしは笑んでしまう、やっと名まえを呼んでもらえる、これで満足のいくようになるわと。ああ、けれども。


彼が急にわたしの手首を掴んだと思うと、からだがふわりと浮いて、いつの間にかわたしは彼の腕の中に収まっていた。さっきまで一度も見なかった彼の目を驚いて覗き込む。その奥がいたずらに光っている。



「名まえだけじゃ不満なんで、覚悟、してくださいよ」


眼前の彼の持つ様々な色彩がわたしの目の中でくらりと歪んで、じわりと滲む。にやりと笑ってその口びるをもったいぶる風に動かす、何を言ったか頭ではわかったのに、聞き取れなかったのは眩暈のせいか、熱のせいか。脳が補完したその響きはわたしの真ん中を通り抜け下る、そして全てを痺れさせていくのだった。




  緑の粒と銀の輪と



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -