「あなたの事が好きです、名探偵」、相変わらずの薄ら笑いがそう言った。お互いがお互いの銃の照準に入っているこの状況で。発砲されたのは銃弾ではなく、その緊張した瞬間にそぐうはずもない、くだらぬ科白だった。おれを油断させる作戦なのだろうか?睨む眼をそのままにおれは口を開く。


「てめえと同じ顔が好きだとは、ナルシストも手に負えねえな」

「ええ、私は自分が好きですよ。……けれどそれはあなたも同じでしょう?」


いいや、おれはおまえとは違う、苦々しくそう吐いた。同じであるはずがない、もしふたりが同じならば、こんな風に敵対したりはしないはずなのだ。おれとおまえは違う、まるで違う。あくまで探偵と怪盗でしかない。おれの手首の麻酔銃が、奴の手に握られたトランプ銃が、ただそれを示している。


新一、とおれを呼ぶ。穏やかな声音、駄々をこねる子どもを宥めるときのようなそれ。
けれどもその中にどこか切なげな響きが隠されている気がするのは、おれの勘違いか。


「ああそれでもあなたの名を呼ぶこの唇は」


ずい、と顔が寄って二つの眼がただおれを見つめた。視線の熱さに焦げてしまいそうなほどだった。そして首筋を辿ってゆく手のひら、それが素肌でないのがいやにもどかしく感じられた。本当なら顔を背けてその手を振り払わねばならないのだ。そうあるべきだ、それなのにおれはそいつの科白の続きが気になって仕方がない。


「あなたを映すこの眼は、触れる手は」


そのまま、その続きを。けれど頭の隅ではわかっていたのだ、それを聞くことによって今までは崩れ去るということ、純粋な好敵手、ただその手首に手錠をかける、その今までの意識。

そいつの科白を遮るには遅すぎた。今までのまっさらな関係を保持するには、もう何もかも遅すぎた。


「ただあなただけが所有している」


ひとみがゆれる。そうだ、どうかそのまま、その続きを。


「あなたの事が好きです、新一」



 muzzle
 恋慕はそこから放たれる



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