それではお休みなさい、とお決まりの挨拶はいやに固くるしく響く。自分としてはそうしてるつもりはないのだが、お嬢さんを自分の主人という所以外で意識し始めてから、どうにもその固い口調が取れなかった。
こんな風ではきっと誤解されてしまう、いやむしろもうされているのかもしれない。そういえばこの所お嬢さんは何となく不機嫌そうだったから。



「誠吾くん」

ドアを閉めかけていたのを呼び止められ、その手を止めた。もう一度開き部屋の中へ体を入れる。背後のドアが閉じる音になんだかすごく緊張してしまう。もう夜だった、それもお休みの挨拶の後、こんな風に、こんな時間にお嬢さんの部屋にいるのはなんだか凄くいけない事のような気がした。

「……何か」

「ちょっと、来て」


既にベッドの中で寝転んでいるお嬢さんのもとへ大人しく近寄ってみれば、彼女は急に両腕を広げた。ここへ来いと言った風な仕草。

「ねえおいでよ」


…………素直にその中へ飛び込めるのだったら良かった。それよりも、両腕を広げて待つのがおれなら良かった。今のおれはその両方とも出来ないでいる、そうしたい気持ちだけは日に日につのる癖に。


「ええっと、あの」

「今来てくれないと、嫌われたんだなって勘違いしちゃうよ」

「……そう、言われても……困る」

「そっか、わたしの事、嫌いなんだね」


そう言われては堪らない。もうどうにでもなれと思い切る、その瞬間にさっきより少し下がった両腕の中へ飛び込んだ。途端に甘い匂いが鼻を擽る。それは確かにお嬢さんの匂いだった、けれどこの至近距離で香るそれは、今までおれが執事として居た時のそれとはまるで違う。心臓がどうにかなりそうだ、僅かに触れている肌、耳元に聞こえる彼女の小さな吐息。全身が火傷してしまう。ああ駄目だ、上半身で感じる柔い彼女の感触に眩暈が止まない。


お嬢さんの両腕はいつの間にやらおれの背後に回されていた。片方は背中へ、もう片方は後頭部へ。その手が髪を梳くように撫で、その心地よい感触から逃れようとシーツに顔を埋めた。

クリーム色のシーツ。お嬢さんをそのまま表しているようだった。優しくて、強くて、柔らかくていい匂いのする女の子。



「……好き、……だ……」


掠れた声、口元も押し付けられているせいでこの告白がお嬢さんに聞こえたかどうかはわからなかった。けれどもし聞こえていなくっても構わないと思った。素直じゃないことはずるいことなのかもしれない、けれど、これが今のおれの精一杯の愛情表現だった。

お嬢さんは片手ではなくちゃんと両腕でおれを抱きしめた。そうして大きく息をついてから呟く。


「物足りないや。ね、何もしないから今夜は一緒に眠ろうよ」



してもいいんなら構わないけど、そう付け足された一言に顔を赤くしながら、おれは朦朧とした意識で頷いた。



 眠りは消灯より遅く



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