榛名/もう2度と想い出さないで

「本当にいいの?」


「えぇ、これでいいのよ」




もう2度と
想い出さないで




テレビの画面の中にいるのは愛しい人。

でも、私は今日で別れを告げます。

声に出さずに。

きっと彼に届くことはないけれど、それが正解なのかもしれない。





大きなキャリーバッグを引いて、

少し高いヒールを鳴らして、

茶色い長い髪をなびかせて、

ロビーを歩く。



ここは空港。



あの扉をくぐったら、しばらくは日本に帰って来れない。


「お見送りありがとう」

「気にしないでよ。俺、いつも暇だから」


中学からずっと同じ学校で、野球部のマネージャーをしていた私はいつも秋丸と一緒だった。

唯一、心を許せる親友。

女子なのに女子が苦手で、クラスの女子のグループに入れない私は、いつも省かれているような気分だった。
でも一人のほうが気楽だったし、周りがなんと言おうと気にすることはなかった。
そんな時に声を掛けてくれたのが、秋丸だった。



「野球部のマネージャーしない?」




それがきかっけで、男子とも女子とも仲良くなることができた。
いつも優しい彼に、本当に感謝してる。


「本当にいいの?」

「えぇ、これでいいのよ」


秋丸は、しつこいように何度も聞いてくる。


「名無しはそれで後悔しない?」

「わからないわ」

「…わからない?」


これからすることが、私にとって良い方向へいくか、悪い方向へいくかはやってみなければわからないじゃない。


「けど、一つだけわかることはある」


「このままだと私、窒息しちゃうわ」


野球部にマネージャーとして入部した私は、一人のピッチャーと出会った。




榛名 元希



私は初めて彼を見た時、胸が高鳴ったのを今でも覚えている。
あれは、一目惚れだったのだろう。
なにかと接点があった私たちはすぐ仲良くなり、秋丸の協力もあって、私は元希と付き合うことになった。
周りから見ても仲睦まじかっただろう。


元希が怪我をするまでは。


元々プロを目指していた彼は、異常なほどの警戒心を周囲にを持った。
彼女の私でさえ、許可なく彼の体に触れることは許されなった。
学校に来ることもなくなり、私たちは自然消滅という形で終わりを告げたのだ。

所詮は、中学生の付き合い。

こんなものか、と納得していた反面、悲しかった。
しかし、何もできない自分をそれ以上に悔やんだ。


少し経ってから心配していた野球部の仲間たちは、元希に野球部を退部してシニアへと勧めた。
それが良かったのか、元希は徐々に自分を取り戻していった。

秋丸からそれを聞き、私は泣いた。

彼から野球を奪わないでくれた神様に感謝して。



そして、私たちは中学卒業した。



私は武蔵野第一へ、秋丸と共に進学した。


しかし、思わぬことが起きた。
元希も武蔵野へ進学していたから。
てっきり、野球の強い有名校に推薦で行ったと思っていた。

野球部のマネージャーになろうと思ってたが諦めた。
元希はもちろん野球部に入部するだろうし、あの時何もできなかった私が彼のそばにいることは許されないだろう。

想いを込めて書いた入部届を二つに破ってゴミ箱に捨てた。



「なんで破くんだよ」



急にした声に振り返ると、そこには練習着姿の元希がいた。


「ほら」

ツカツカと近寄ってきて、グイッと何かを差し出された。
とにかくそれを受け取り開いてみると、それは入部届だった。
しかも、私の名前が書いてある紙。


「悪かった。あの時は自分のことで手一杯で、お前に悲しい思いさせた」


プライドの高い元希が、頭を下げて謝っているところを私は初めて見た。


「俺が甲子園に連れてってやるから」



「だから、俺のそばにいろ」


私は泣いていた。
やはりまだ彼のことが好きだったのだろう。
涙ぐみながら、首を縦に振る。


「約束して」

「あぁ」


初恋は叶わないものだというけれど、それは迷信なんだ。

しかし、その約束は果たされることはなかった。

高校球児の誰もが願っている甲子園にいけるのは、山ほどある野球部のうち極僅かで、その夢に見合った努力をしても叶わないこともある。


あっという間に、3度の夏が過ぎた。


そして、元希はプロ野球にドラフトで選ばれ入団した。

その球団の本拠地は関西で、寮に入った元希と遠距離になってしまった。
私も一緒に着いて行きたかった。
元希に「俺についてこい」って行ってもらえるのを少し期待してたけど、それは現実的に無理で。
新人の野球選手にそんなことにかまってる暇などない。


わかってる。
わかってるけど、辛かった。


会えるのは、テレビを通じて。
電話をしても通じないほうが多くて、元希の携帯に私からの着信履歴がたくさん残ってると思うと、しつこい女と思われるのが嫌でこっちから連絡することがなくなった。

今思えば、意地なんか張らないで毎日でも電話すればよかったと後悔することもある。




「長かったね」

「え?」

「榛名と名無し、8年も付き合ってたんだよ」

「…8年?」


そんなに経っていたのか。

いや?違うだろう。


「違うわ。5年よ?」


一度、私たちは自然消滅している。
付き合うと直接言われたわけではないが、もう一度付き合い始めたのは高校1年生の時だ。


「5年でも十分長いさ。8年であってるよ」


「どういうこと?」


今、大学2年生だから計算は間違ってないはず。


「榛名は中学の時から付き合ってるって言ってたよ」


あの時でさえ離れていなかった、と。


「……今更、遅いのよ」


プロになってからは月二、三回会えればいいほうで。
会っても、元希は機嫌が悪かった。
高校の中では良い選手でも、プロの世界となればそんなのゴロゴロといる。
元希はその中で葛藤していた。
私と会う時間を作るくらいなら、練習していたいのだろう。




「元希、無理して会わなくてもいいんだよ」

「うっせぇーよ」

「元希がいつもそんな態度だと私も気分悪い」

「はぁ?こっちは忙しい中来てやってんのに。お気楽な大学生と一緒にすんじゃねーよ」

「…、…」

「また泣くのかよ」


泣くまいと思っていても、つい涙が出てきてしまう。


「テレビの中で野球してる元希の顔のほうが、私といる時より幸せそうだもの」

「……お前は黙ってればいいんだよ」


そう言って、元希は私が気を失うまでがむしゃらに抱く。
気がついて起きてみると、隣に元希の姿はない。
それがどんなに悲しいことか。
むしろ、叩き起こしてでも何か言って行ってほしかった。
いつも私一人で置いていかれる。



「もう行かなくちゃ」

「元気でね、名無し」

「えぇ」


語学系の大学に通っている私は、学年で首席の成績をとりカナダへの2年間の留学期間を得た。
それは半年も前に決まっていた話だけれど、元希に話したのはつい先日のことだ。
メールだったので、返事は返ってこなかったけれど。

大学に入ってからずっとやってみたくて髪を茶髪にした。
ロングヘアーにもずっと憧れていて、高かったけど少し頑張ってエクステも付けた。
けれど、元希は「茶色も長いのも似合ってない。すぐやめろ」
そう言い退けた。

少しお洒落して、高いヒールを履いて化粧も変えた。
けど、元希は「そんなの履くな。化粧も気持ち悪い」
そう言い退けた。


元希に嫌われたくない。


傍に、いたい。


その想いだけで言うとおりにしてきた。


元希の理想どおりの女になれるよう努力してきた。



だけど、もう限界。


愛しているけれど、傍に居られない。


昔、確かに感じたあなたからの愛は胸にしまう。


だから、あなたも


もう2度と想い出さないで


END

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