忍足/甘くて蕩けるキスをしよう



「それ、なに?」

「なんやと思う?」


朝練がない日は、侑士が私の家に迎えに来て一緒に登校する。
お馴染みの氷帝の鞄に今日はもう一つ。
黄色い包装紙に包まれラッピングされた細長い物を手にしている。


「長いけど…ラケットではないよね」

「当たり前やろ!こんな細いラケットがあってどないすんねん」


確かに。
見当もつかないものに名無しは頭を捻る。


「プレゼントや」


忍足はそれを名無しに差し出す。


「私に?今日誕生日じゃないよ?」


ラッピングがしてあることから誰かにあげるのだろうと思っていたが、まさか自分だとは思っておらず名無しは驚いた。


「わかっとるで。ただ俺が綾花にあげたいだけ。開けてみ?」


忍足に促されるまま、包装紙に手をかける。
破かないようにそうっと開けていくと、名無しは納得した。


「傘!なるほどね」


その傘は通常のものより長く大きい。
柄はなくシンプルでとても明るい水色。
たくさんの傘が並ぶ前でどれを買おうか迷っている侑士を想像すると笑えてきた。


「ありがとう!…って、あれ?」


名無しは止め具を外して開こうとすると、スッと忍足に取り上げられた。


「な、なんで?」

「これは学校のロッカーに置いてな?雨が降っとる朝は折り畳み傘でくること!」

「う、うん……わかったけど、なんで?」


断言する忍足に名無しは意味がわからないように首を傾げる。


「はぁ…男のロマンがわからんのかい」

「わかんないよっ!」

「雨というたら傘。傘というたら相合傘に決まっとるやろ!」

「…あ、そう」

「そないな素っ気ない返事せえへんでよ!侑士、寂しいわぁ」

「いや…もっと重要な何かがあるのかと期待した」

「したくないん?」

「し、したいけど…」

「したいけど?」

「………恥ずかしい」

「あかん!可愛いすぎる!」


素早いというか手馴れているというか、すでに忍足の両手は名無しの腰と頭にまわされ、逃げられないように押さえ込んでいた。
次の行動が予測できた名無しは、止めようと一生懸命に体を捻ってなんとか抜け出そうとする。


「ちょ、侑士!ここ校門っ」

「関係あらへん」

「んっ…」


侑士のキスは甘い。
目を瞑ってキスをしている間は、侑士と私だけの世界。

この時が一番好き。




「朝からお盛んだな」

「あ、跡部!」

「茶々せえへんでくれる?ええとこやから…」


忍足は名無しの制服の中に手を滑り込ませる。


「そうじゃないでしょ!部活行かなきゃ!」

「あっ、名無し!」


引き止める忍足の声も虚しく、名無しはテニスコートに走って行ってしまった。


「……行ってもうた」

「フン、嫌われたな」

「ちゃうわ!うちの猫はまったく扱いづらいなぁ。そこが好きやけど」

「惚気んじゃねぇ」

「手出すなや」

「ふざけんな……おい、携帯鳴ってるぞ」

「お、ほんまや」


制服のポケットから名無しとお揃いのストラップがついた携帯を取り出す。
携帯と繋ぐ紐は少し擦り切れていた。
跡部はそれを見て、名無しをどれだけ大切にしているか感じた。

忍足はいくつかのボタンを押し、携帯を見つめる。
メールのようだが、いつまで経っても固まったままの忍足に跡部は不審に思い声をかけようとするが、今度は急に笑い出した。


「ふはは」

「おい、」

「……まったく名無しには敵わんなぁ」

「は?」

「景ちゃんは知らんでええの!さぁ、朝練や」








早く雨が降ってほしいな。






名無しから送られてきたメールには一文だけ。
もう一度携帯を開いて見つめる。




「俺も雨が恋しゅうなったわ」




新しく買った水色の傘に二人で入って一緒に帰る。

想像するだけで幸せな時間。




甘く蕩けるキスをしよう


END


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