切原/僕だけの。君だけの。
「なにやってんスか」
「…赤也」
待ち合わせの時間になっても現れない彼女を迎えに三年生の廊下に来てみれば、名無しと知らない男が仲良さ気に話している。
「行くぞ」
会話の途中、半ば無理やり引っ張って人気のない教室の前までやってくると、ドアを開けその中に名無しを放り込んだ。
名無しはわかっていたかのようにその衝撃に耐えた。
こういうことは以前にも幾度かあったのだ。
「誰、あいつ」
「クラスの友達で委員会が一緒の藤井くん。私が委員長で、彼が副委員長。ただそれだけ」
他に言うことはない、というように名無しは一気に言い切る。
「委員会なんてやってたんだ」
「部活は入ってないけど、私だって毎日ダラダラしてるわけじゃないよ」
全国常連校である立海のテニス部に所属する赤也に比べれば、まったくと言っていいほど忙しくないと思うけど。
「…」
「赤也?」
「名無し先輩は俺とあいつ、どっちが大事?」
「あいつって藤井くんのこと?」
「あぁ、そいつ」
もう名前は出すな、と釘を指す。
名無しの口から他の男の名前が出るだけでも嫌だ。
「もちろん赤也だよ」
「じゃあ、そいつと話すんな」
「無理言わないで。これから学園祭もあるし、運営委員として活動していかなきゃいかないのに」
「俺以外の奴と口利くな」
「筆談しろってこと?」
「そうじゃないけど」
「赤也」
「…ごめん、俺ワガママだ」
さっきの威勢はどこへやら、首を前に垂らしてうなだれる子犬が一匹。
そんな姿を見て名無しはふう、と溜め息をついた。
「赤也、私達はもう子供じゃないのよ?自分達以外の人間と関わりを断ってしまったら、生きていけないの」
「……わかってる、わかってるって!」
赤也は投げやりに叫ぶ。
「…そうね。頭でわかっていても感情は抑え切れないものよね」
「でも、わかって。私だって同じなんだから」
「俺と、同じ?」
「赤也がテニスしてる姿を、女の子達が見てるだけでも嫌」
「そうなの?」
「そうよ」
「…そっか、そうなのか!」
そう言って赤也笑う。
「名無しが見ていいのは、俺だけ」
「俺が見てるのは、名無しだけ」
「名無しは俺のもの」
「俺は名無しのもの」
「そう、それでいいじゃない」
「ははっ、俺、なんか幸せ」
「赤也が幸せなら、私も幸せ」
「俺達ってバカップル?」
「最上級のバカップル」
「キスしてもいいスか?」
「お好きにどうぞ?私は赤也のものだもの」
名無しの唇は温かくて柔らかくて気持ちいい。
「名無し先輩、大好き」
「私も大好き」
僕だけの。君だけの。
END
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