手塚/世界の裏で君を待つ



灼熱のコートの上。






「はぁ…はっ…」

「まだ、まだ、ね」

「くや…し…」

「今日、は…私の…勝ち」

「次は…負け、ない…」


お互いそれだけ言うと、そのまま寝そべってしまった。
否、これ以上動くことも喋ることも出来なかった。








青春学園中等部。
地区大会で優勝した硬式男子テニス部は、全国大会優勝を目指して猛暑の中、練習に励んでいた。

名無しは所属は女子テニス部だが、時々男子を相手にして試合をする。
今日の相手は、ルーキーの越前リョーマ。
二人の実力は五分五分。
名無しが負けることもあれば、リョーマが負けることもある。

日本の高校女子で名無しは間違いなくトップレベルだ。




手塚に支えられながらコート脇にあるベンチに座ると、試合を観戦していた部員達がわらわらと集まってきた。


「まだプロにならないのかにゃ?」

「そう簡単に言わないでよ。まずはインターハイで優勝してから!」

「とか言って、一年も二年の時も優勝してるじゃん!」


名無しはベンチに乳酸が溜まった脚を乗せてマッサージをする。
昨年、一昨年は個人戦でしか優勝できなかった。


「今年は団体もダブルスも狙ってるから」

「ヒュー!ハングリー精神旺盛っすね」


隣のコートで試合をしていた桃と不二も汗をタオルで拭きながら歩いてきた。


「そのぐらいないとプロの世界はやっていけないよ」

「クスッ、その通りだね。貪欲じゃないと。アマチュアって賞金でないだろ?飛行機代とか宿泊費、結構かかるのじゃない?」


激しい試合をした後とは思えない爽やかな笑顔で、ベンチに腰を下ろす不二。


「うん、まぁね。でも、お金のことは心配しないで!景吾の家から借りてるの。プロになって稼げるようになったら返していくから」

「インターハイが終わったら、本格的に始動だね」

「うん!」




残りのレギュラー陣の試合が始まる。
皆、真剣な顔をしている。
試合をコート脇で見つめる手塚の顔も。
三年生にとって、今年が最後。
それは名無しとて同じ。




「名無し」

「なに?リョーマ」

「親父が帰り家に寄れって。練習相手してくれるってさ」

「本当!?嬉しい!南次郎さん、気まぐれだから」


リョーマがあの越前南次郎さんの息子だと聞いて、無礼だとわかっていながらも家まで押し付けてコーチを頼んだ。
最初はミーハーだと門前払いされていたが。
毎日通ううちに南次郎の方が根負けし、それから暇な時にお呼びがかかるようになった。
リョーマはその光景を眺めているが、いつも途中で参戦している。


「なんか、ゴメン」

「ふふっ、リョーマが謝ることないわよ」


自分より幾分身長が低いリョーマの頭を帽子の上からグリグリと撫でる。


「さてと!そろそろ女子の方に戻るわ。おじゃましました」

「今度は俺とも試合してくださいね!」

「えぇー…桃、パワーがありふれてるんだもん」

「そんなこと言わないでくださいよー!」

「でも私が勝つから」

「それでこそ名無し先輩!」


フェンスにたてかけたラケットを持って手塚の後ろを通る。


「ありがとう!手塚」

「遅くならないうちに帰れよ」

「うん!寄り道しない!」

「あぁ」




手塚は颯爽と去っていく名無しの後ろ姿を見送ると、ふと昔の記憶と重なった。


小さな体に不釣り合いのラケットを持ってコートを駆け回っていた頃。
勝敗関係なく、ただテニスを純粋に楽しんでいた頃。
まだ名無しの両親がいた頃。




あれから随分、時は経った。


「どうして手塚先輩なんすかね?」

「右に同じく」

「ああいう堅物が好みなのかにゃ?」

「クスッ…お互いに惹かれあうものがあるんじゃない?」


「勝手に話を進めるな」


名無しの姿が見えなくなり、わらわらと集まり好き放題言い始めるレギュラー
達。
始めは聞き流していた手塚も口を割って入った。


「あ、いたんだ?気づかなかった」

「……不二、グラウンド走るか?」

「クスッ、遠慮しとくよ」

「休憩は終わりだ!各自次の練習へ!」

「はい!」

「油断せずに行こう!」


このメンバーでテニスができるのは最後になるかもしれない。
だからこそ、できる限りのことを全力でやろう。










「ただいま」


「お帰りなさーい!」


練習して疲れが溜まる。
体力的に。
しかし、名無しに関してはどっと疲れが溜まる。
精神的に。


「……何でここに居るんだ」

「あら、居ちゃいけない?」

俺の質問に答えたのは名無しじゃない。

「母さん!」

「料理教えてもらおうと思って!えへっ」

「そんな必要ないだろう!」

「なによぉ!」

「ふふっ、国光はこれ以上上手くなる必要はないって言ってるのよ?」

「なーんだ、そういうことなら許してやろう!」

「…もう勝手にしてくれ」


この二人に口でかなうはずがないのだ。
手塚家の男衆は。
気のすむままにしてくれ。






晩ご飯が済むと、名無しは大きな袋を持って来た。


「花火しない?」

「花火?」

「お祖父さんが倉から出してきてくれたの。去年のやつだけど」


袋から出てきたのは少し埃をかぶった手持ち花火だった。
庭にはすでに水の入ったバケツとライターが用意してある。


「懐かしいな」

「見に行くことはあっても、やるのは久しぶりだよね」

「あぁ。小学生以来だな」

ジュッ、と音をたてて火がついた花火は色とりどりの光を放つ。

「あのね、国光」

「ん?」

「私、今度のインターハイが終わったら…」

「……」




「プロになる」




「なんで、そんな急に」

「急じゃないよ。1年生のときテニス協会から申し出はきてたの」

「そんなこと、聞いてないぞ」

「うん、言ってないもん。言わなくても済んでたから。中学校を卒業して高校生になったばかりで、いきなりプロって言われてもね。私はその時、テニスより学校生活を大切にしたかった。それに…」

「それに?」

「国光と、離れたくなかった」

「……」




どうして、もっと早く言ってくれなかったのか。
前もって言われたとしても、心の準備ができたとは限らない。


国光と、離れたくなかった。


その言葉が何よりも嬉しかった。
互いに同じことを思っていたのだと。




「…高校はどうするんだ?卒業前だろう」

「もちろん、高校は卒業する。あと3学期だけだし。学校側とはもう話をつけてあるの。ツアーが始まっちゃったら授業はあまり出れない。でも今までの成績を評価してくれて、レポートを提出すれば単位はくれるって」

「……そうか」

「このご時勢、何があるかわからないですからね!高校は卒業しておかないと!」


無理して明るい声を出しているのがわかる。


「すごく迷った。悩んだ。考えた。国光に相談しようと思った。だけど、きっとどんなことを言われても、私の決心は変わらないから」






「私はプロになる」







聞いて、国光。
私の夢はね、プロになったら終わりじゃないの。
世界の大会で日本人が優勝する。
そして、同じ大会で国光も優勝する。
表彰台で二人でトロフィーを掲げるの。
素敵な夢でしょう?
私は少しだけ先に行ってるね。
でも、待ってるから。
夢が叶うと信じてるから。




俺は、名無しの澄んだ声を聞きながら涙を流した。





END

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