越前/哀れな愛


「名無しー、またあの子来てるよー」

「…今行く」








哀れな愛








「リョーマくんがうちのクラスに来たのって何回?」

「さぁ?」


昼休み。
昼食も終わり、仲の良い薫と一緒に菓子をつまむ。


「もう!わかってるくせに!こないだでもう7回目よ!?」

「…そうだっけ?」


多いのか少ないのか、よくわからない数字だ。


「いい!?浮気なんてやめなさいよ!子供じゃないんだから」


薫が棒状の菓子をなに向かってビシッと指した。


「まだまだ子供だってば」

「なに言ってるの!もう高校3年生じゃない」

「もう、か…」

「そうよ。あっという間に卒業よ?」

「……そうだね」


初めて彼を見たのは、私が中学3年生のとき。
まだ彼は1年生だった。
友達に誘われて、たまたまテニスコートに見学しに行ったことがきっかけ。


一人だけ背が小さく逆に目立っている少年。

しかし外見とは裏腹な力強いサーブ、ストローク、スマッシュ。

青緑に輝く髪。

かぶった帽子から覗く、あどけない表情に不釣合いな鋭利な瞳。


一瞬で惹かれてしまった。


これが運命なのだと実感した。







それから、私とリョーマの関係が始まった。
同じクラスの不二伝えに、リョーマからメールが突然来た。
内容はたいしたものじゃない。
簡単な自己紹介メール。
そして最後の一行。







アンタは俺のものになるよ。







思わず、笑ってしまった。
あぁ、彼も一緒なのだと。
運命を感じたのは。










「んで、いつまで続けるの?」

「何を?」

「う・わ・き!」

「だから浮気じゃないってば」

「瑞希がリョーマくん以外の男子と帰ってるっていう情報が多数きてますけど?」


情報が早いんだから。
女子って怖いわー。


「別に一緒に帰っただけで、浮気にはならないでしょ?」

「名無しの中ではそうかもしれないけど、世間一般ではそれが浮気になっちゃうのよ!」

「……」

「その度、リョーマくんがわざわざ3年生の教室まで尋ねてきて大騒ぎになるじゃない」

「あっちが勝手に騒いでるのよ」

「名無しが浮気なんかするからでしょ!?……ほら、また来た」


昼休みでただでさえ騒がしいのに、さらに騒がしくなる。
そして、女子がドアの近くに集まり始めた。




「今日もかっこいいわねー!」

「リョーマくんまた来たの?お菓子食べてく?」

「名無しより私たちと遊びましょう?」




いい年にもなって、ミーハーは未だに健在か。
さりげなく、私けなされてるし。
こいつらめ。
まぁ、毎度のことだけど。
はぁ、とため息をついて椅子から腰を上げる。


リョーマの身長はあの頃より大分伸びた。
それが月日の長さを感じさせる。
私より低かった背は、今では頭一個分の違いがある。
顔つきも大人っぽくなってきた。


「名無し先輩呼んでくれない?」

「あぁー、先輩に向かってそんな口の利き方していいのー?」

「……呼んでください」

「きゃー!可愛い」

「もう一度言って!そしたら呼んできてあげるー」

「……」


もう、そろそろ限界かな…。


「あー、はいはい。そこまで」


名無しは女子の間を割ってリョーマの前まで突き進む。


「これ以上いじめると泣いちゃうから」


そう言って名無しはリョーマに目線を送る。


「えぇー!?泣き顔も見たーい!」

「名無しは見たことあるの?」

「…さぁね?」


名無しは意味深に返答する。


「いいなー!名無しばっかずるーい」

「今度写真に撮ってきて!ピンよ、ピン!」
  
「いつかねー」

「きゃっ、やった!」

「私にもちょうだい!」

「わかった、わかった」

「……名無し先輩」


女子のやり取りに痺れを切らしたリョーマが割って入った。


「なに?」

「話あんだけど」

「わかったわ。じゃあね、みんな」


名無しは爽やかすぎる笑顔をクラスメイトに向け、ひらひらと手を振る。
もう片方の手はしっかりとリョーマに繋がれていた。


「リョーマくん、バイバーイ!」

「また来てねー」

「名無しー!学校でヤっちゃだめよー」


熱烈的な送迎を受けて、二人は教室を出た。






廊下にはたくさんの3年生が溢れかえっている。
走り回っている生徒もいれば、床に座り込む生徒もいた。
名無しは先を歩くリョーマに手を引かれ、ただ黙って歩き続ける。


「おう、名無し!」

「坂下くん」


窓に寄りかかっていた二人組みの片方が名無しに話しかけてきた。


「こないだはどうも」

「私も楽しかったわ」

「暇なときメールしろよ。いつでも空けとくぜ?」

「そのときはよろしくね?」

「おう!それでさ、前に行ったあそこ……」


名無しと坂下の会話をただ聞いているしかなかったリョーマは、強引に腕を引き寄せ二人の距離を離した。


「ちょっ、と!痛いってば」


容赦なく力を入れるリョーマに悲痛な声をあげる名無し。
それを見ていた坂下は、名無しの腕を掴むリョーマの手を叩き落とす。


「お前、彼女にそんなことするのかよ。痛がってんじゃん」

「アンタに関係ない」

「関係あるに決まってんだろ?俺、名無しのこと好きなんだから」

「…はぁ?」

「浮気されるってことは、お前じゃ満足してねぇってことだよ」







「坂下くん。次の時間、教室移動じゃないの?」

「あっ、やべっ!またな、名無し!」

「またね」          




坂下と別れてから二人は図書室に行き着いた。
図書室特有の匂いが充満している。
滅多に来ない図書室の匂いに、名無しは我慢できないというように窓を開けて窓枠に腰を掛けた。


「名無し」


リョーマは二人きりになると、私のことを呼び捨てで呼ぶ。


「…なに?」

「昨日の男、だれ?」

「昨日?」

「一緒に帰ってた男」


朝、学校に向かっていたところに見知らぬ男子生徒に呼び止められたことを思い出した。


「あぁ、あの子?2年の吉田くん。一緒に帰りましょう、って誘われたから家まで送ってもらっただけよ?」

「なんで俺以外の男と一緒なの?」

「たまたまよ。吉田くんも同じ方向だったから」

「俺だって一緒に帰りたい」


少し怒っているようで、悔しそうな顔をしているリョーマ。


「私が人を待つのが一番嫌いなの知ってるでしょう?」


本当は、嘘。
待つのは確かに嫌いだが、リョーマのためなら待つことだって苦ではない。
吉田くんの申し出をもちろん断ることもできたが、敢えてしなかった。


私から誘ったことなんて一度もない。
相手から近寄ってくるだけ。




浮気なんて一度もしたことない。


「もう辞めてよ。そういうこと」

「そういうことってなに?」

「…っ、だから」

「浮気ってこと?」


浮気なんてしたことないって言ってるじゃない。

私の気持ちは、いつもあなただけに向かっている。


「っ!」

「リョーマは私が浮気してると思ってるの?」


窓の外には、テニス部の部員が元気よく黄色いボールを打ち合っている。


「…そう、じゃなくて」

「じゃあ、別れる?私は構わないけど、…っ!」


急に抱き寄せられて窓から落ちると思い、腰を抱く腕にしがみついた。
一瞬にして心拍数が上がって、心臓がドクドクと脈を打っている。

背が伸びたリョーマの顔は、私の肩にうずめられている。
はねっけのある髪が首に触れて、くすぐったい。
しかし、くすぐったさと共に冷たいものが感じられた。





泣いている。





リョーマが泣いている。





誰に対してもいつも強気なリョーマが、私のことで泣いている。








「リョーマ」




「俺がダメになる」


「俺から離れないでよ」


「アンタは俺だけのモノだから」






(これでしか確かめられない、愛。
哀れなのは、私?それとも…)




END

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