忍足/君の始まり。僕の終わり。3





あの日以来、まったく名無しの姿を見ていなかった。
意識的に避けられているのかと思ったが、そうではないと自分の中で決めつけていた。






「名無し、今月のアレ読んだ?」

「CANDLEでしょ?読んだ、読んだ!」

「モデルのマキが着てた服のショップ、今日行ってみない?」

「え、今日?」

「行こーよー!部活やってた時は忙しくて遊びに行けなかったじゃん」

「んー……じゃあ、ちょっとだけね?」

「やった!」

「もう!引っ付かないでよ、重いー」

「あははっ」




笑ってる。
名無しが笑ってる。

俺が見たかったあの笑顔で。

その笑顔を向ける相手がたとえ男だろうが女だろうが、殴ってボコボコにして二度と名無しに近づけないようにしてやる。
とてつもなく醜い感情が俺を襲う。




「侑士ぃ、なに見てるの?」

「なんでもあらへん」

「あぁ、あの子。マネージャーだからって侑士にまとわりついてた子ね。最近見ないと思ったら、やっと諦めたのかしら」

「諦めた?」

「そうよ。侑士、随分迷惑こうむっていたでしょう?良かったじゃない」

「……」

「庶民のくせに高価なブレスレットをしていたから、取り上げて捨ててやったわ」

「お前か」

「え?」


以前、取り巻きの一人ががそのようなことを言っていた。
そのブレスレットは名無しの亡くなった兄からのプレゼントであった。


「ねぇ、キスしてよ」

「あぁ」


あいつ、見向きもせえへんかった。
以前だったら横目で見て、泣きそうな顔をして目を伏せていた。






窓際に座る彼女とドアに寄りかかる俺と。
同じ教室内にいるのに。
こんなにも、距離が離れている。





――――――――――





夏の大会まであと二週間。
レギュラーはもちろん、準レギュラー陣も思わぬチャンスが巡ってくるかもしれないと猛練習していた。


「俺、もう侑士とダブルス組めない」

「……は?今なんて?」

「だから…!……だって、嫌なんだ」

「なにガキみたいなこと言うとんねん」

「俺はレギュラー外されても、試合に出れなくてもいい。とにかく侑士と一緒は嫌だ」

「岳人、我侭もええ加減にせい」

「ふざけんなよ!名無しのこと何にも知らないくせに!」

「なんでここで名無しが出てくんねん」

「お前、あいつの彼氏なんだろ!?だったら名無しのこと知ってるよなぁ!?」

「人のことおちょくっとんのかい」

「岳人!やめろって!」


今にも掴みかかりそうな岳人を宍戸が後ろから羽交い絞めをして押さえつける。


「ずっと……ずっと名無しに内緒にしてくれって約束したんだ……けど、これじゃ名無しが可哀相すぎる」

「言うな、岳人!」


岳人を止めに入るが、興奮している向日は止まらない。
宍戸は近くにいた部員に跡部を呼んでくるように指示をする。


「名無しはな、3年になったら転校するはずだったんだ……両親が離婚して、母親の方についていくことになってたんだよ!侑士と離れたくないからって、一人でここに残ることにしたんだよ!」

「それは名無し自分で決めたことで、俺には関係あらへん」

「……そうかもしれねぇーよ。だけど…っ、だけど…!どうして名無しが辛い時に傍にいてやんなかったんだよ!」

「今の忍足さんには何を言ってもわからないでしょう。名無し先輩は、マネージャーもしながらアルバイトもしていたんです。ご両親からの仕送りだけでは生活していけないからと」


鳳は涙を流す向日を宥めながら言った。
おそらく、名無しの事情をレギュラー全員が知っているのだろう。


「そないなら、おかんのとこに行けばよかったやろ」

「どうしてわからないんだ?それほど、お前がいる氷帝に残りたかったんだ。今まで過労で病院に3回も運ばれてる。成績もがた落ちだ」

「あほらしもないわ」

「忍足!てめぇー!」

「言うておくけど、俺のせいとちゃうぞ。別れたくないって言うたのは名無しのほうやからな」




「何やってる。今は練習の時間だろう?あーん?」




遅れて跡部がやってきた。


「大会まで2週間しかないんだぞ。時間を無駄にするな」

「聞いてや、景ちゃん。岳人が今さら俺とダブルス組みとうないって言い出して……」

「向日には日吉と組んでもらう」

「はぁ?景ちゃんまで何言うてんねん。さっき自分でも言うてたやろ。大会まであと2週間しかないんやで?」

「あぁ、言ったぜ。だからこそだ」

「っ、跡部!」

「ダブルスでパートナーとの信頼関係がどんな大事かわかってるだろうが。今のお前には無理だ」

「今の、今のて。鳳も跡部も。うるさいねん。今と昔、俺が変わったって言うんか」

「自分が気づかないほどにな」




静寂が漂う。




「全員聞け!名無しはもうここには来ない!準レギュラー、その他の2年生は――……」


跡部の声がテニスコートに響き渡る。


「名無し、部活辞めたんだ…」

「嘘だろ?大会まであと少ししかねぇのに」

「名無し先輩……今年こそ、全国に行こうって約束したじゃないですか」

「これ以上、あいつに無理させるわけにはいかない」






名無しが。




自分の中から俺という存在を消そうとしている。






「なんでなん?」






END


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