忍足/君の始まり。僕の終わり。
どうしてこうなってしまったんだろう。
こんなはずじゃなかったのに。
あんなに愛してたのに。
こんなに愛してるのに。
俺たちはもう戻れないところまで来てしまったのだろうか。
ただ、笑っていてほしかった。
雨がしとしとと降り続く。
この季節、氷帝テニス部は屋内のテニスコートを使うことが多い。
今日も天候が悪くなったため急遽自主練習となり、完備されたコートで皆思い思いの練習をしていた。
「今日はここまでだ!」
「えっ、早くないですか?」
鳳は咄嗟に批難の声をあげる。
委員会で遅れてきた彼は、先程ウォームアップを終え、ラケットを握ったばかりだった。
それに、まだ時計の短い針はまだ5の数字を過ぎたばかりである。
「今日、榊先生は会議があるんだって」
「なるほど。そういう訳ですか」
名無しは残念そうに首をうなだれている鳳をよしよしと慰める。
顧問のいなければ、部活は切り上げるしかない。
部員たちは跡部の一声で綺麗に片付けて行く。
名無しも使い終わったタオルやスクイズボトルを片付け、日誌を手早くつける。
最初はきつくて沢山いたマネージャーもどんどん辞めていった。
しかし中学校から5年間も繰り返しやっていると、習慣となり頭より体が先に動くようになった。
そして、マネージャーのやりがいを見出だせた。
跡部やレギュラー陣も、誰に対しても平等で仕事にひたむきな名無しを仲間として認めていた。
着替えが終わった部員たちは部室で帰り支度を始めていた。
「名無し先輩、今日はどこ行きますか?クレープ食べに行きます?」
「うん!」
「あんま遅くなんないうちに帰れよ」
「なに言ってるんですか!宍戸先輩も一緒ですよ」
「はぁ!?」
嫌がっているように見えて、少し嬉しいようで顔を赤くしたた宍戸。
「亮も行こう?」
「宍戸せんぱーい」
名無しと鳳は、宍戸が一緒に行きたいが自分から言い出せないことを知っている。
「…っ、仕方がねぇなー!」
「やたっ!亮のおごりだよ、長太郎!」
「そうですね!」
「そのために誘ったのかよ!」
「なら、俺も行くー」
「慈郎もかよ!お前は自分で払え!」
「お先に」
賑やかな雰囲気に似つかない冷たい声が響く。
「おう」
「お疲れ様です」
「忍足ばいばーい」
「お、お疲れ」
名無しは精一杯声を振り絞って言葉を紡ぐが、忍足はまるで名無しが見えていないかのように横をすり抜けていった。
「……」
名無しは後姿を目で追う。
どのくらい言葉を交わしていないのだろう。
周囲から見ていても名無しの姿は痛々しい。
「おら、さっさと行くぞ」
「は、はい!名無し先輩行きましょ?」
「……うん!」
厚い雲がかかってどんよりとしている空を見上げる。
そして、苦笑する。
私と同じね。
少し大きくて重い、真新しい水色の傘をさして歩きはじめた。
――――――――――
「先輩、何にします?」
「そうだなぁ……やっぱキャラメルバナナかな」
名無し、宍戸、長太郎、慈郎の4人は店頭にたくさん並ぶクレープのサンプルを見てどれにしようか悩んでいた。
ここに来る度、長い間悩んでいるが結局はキャラメルバナナにする。
「それ、好きだなお前。キャラメルとバナナは合わないだろ」
「意外とおいしいんですよ?宍戸先輩も一度食べてみてくださいよ」
「俺はイチゴにするー!」
「ば、馬鹿!苺はやめろ!高いだろ」
「宍戸のケチー…じゃあ俺もキャラメルバナナー」
「お前もかよ。俺もそれでいいや」
なんだかんだ言ってみんなの分のお金を払ってくれる宍戸。
さっきも私を助けてくれたし。
周りをよく見ている。
「ほら、お前のだ」
「ありがとう!今度なんかおごるよ」
「いいって。おごられとけ」
「……ありがとう、本当に…」
「一人で背負い込むな。いつだって相談に乗ってやる」
「うん」
優しいみんなが大好き。
私がここに居られるのは、みんなのおかげ。
とても居心地がいいの。
私の居場所がここにある。
そう思いたい。
END
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