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残虐な表現、流血が入ります。
いきなり暗いです。
苦手な方はBackしてください。
世界総人口の約8割が超常能力“個性”を持つに至った超人社会。
通常4歳頃までに両親のどちらか、あるいは複合的な“個性”が発現する。
「もう6歳だぞ…まだ個性がわからないのか」
静かな住宅街。
街頭に明かりが灯り、月が空から顔を出す。
「今日も病院に連れて行ったけれど…」
「けれど?」
「お医者様が、この子は…」
「まさか、無個性…だと?」
「…」
ドン、と鈍い音がした少し後に、テーブルの上に置いてあったガラスのコップが転がり、耳を塞ぎたくなるような音がした。
「っ、お前のせいだ!」
「私じゃないわよ!あなたこそ!」
女の甲高い声は室内だけではなく、建物が密集した住宅街にも広がる。
二人は窓が開いているということを気にする素振りも無しに、言い合いは続く。
「育児はお前の仕事だったろう!」
「仕事ですって!?ふざけないでよ!育児は夫婦二人でするものでしょ!?私は精一杯やってたわ!」
「だったら、なんで個性が発動しないんだ!」
「あなたの家系、”無個性”はいなくても半端な人いるわよね!お兄さんとか!」
「はぁ!?俺の家族のせいだと言うのか!?」
「きっとそうよ!私じゃない!私じゃない!!」
近所の住人達は、この家族とゴミ出しや子供の送り迎え、スーパーで顔を合わせれば、世間話をする。
しかし、それ以上会話は深く掘り下げない。
特に”個性”に関しては。
医者に判断されることなく、薄々はわかってしまう。
適齢期になっても”個性”が判明しなければ、その子は”無個性”だと。
毎夜、喧嘩が絶えない理由を理解しているから。
そして、うちの子は”無個性”ではなくて良かったと安堵できるのだ。
「ママ、パパ…」
リビングへ続く階段を下りる小さな音がした。
本来体を支える役目の手摺に、ぶら下がるようにして下りてきた子供のどんぐり眼に照明の光が射す。
6歳児にしては小柄すぎる女児だ。
「寝てなさいと言ったでしょう…」
女は深いため息を吐き、男は割れたグラスをそのままに、食器棚から新しくグラスを取り出しアルコールを注ぐ。
「だって、ママ、パパ、けんかしちゃ、だめ」
「……誰のせいで」
こんなことを言ったとて、子供には理解できない。
初めは、周りの子供より発育が悪く体格差が気になった。
確かに少食ではあるものの、好き嫌いはなく栄養素が偏っている、足りないことはないと思っていた。
心配になり、病院に連れて行ったことが始まりだった。
日常生活に問題はないか、と医者に問われ、育児ノートを手渡した。
女児が生まれた時から毎日付けていた日記のようなものだ。
1日何を食べたのか。
外で何時間遊んだのか。
身長。
体重。
事細かにノートに記した。
初めての子供で未熟児だったということもあり、心配性だった母親に拍車をかけた。
医者は育児ノートに目を通し、何度か小さく頷くと「もう少し様子を見ましょう」と声を掛けた。
”個性”が発動すれば、その”個性”による特徴が出てくるはずだから、と。
母親は食事方法に問題はないかと医者にアドバイスを求める。
「なかなかここまでできるお母さんはいませんよ。お子さんは幸せですね。」
そう言いながら医者は女児の頭を撫でた。
撫でられた女児は、きょとんとした顔で母親を見上げる。
ああ、なんて可愛い子。
この子を守るのは私の役目。
そう心に刻んで病院を後にした桜並木の帰路が今でも覚えている。
なのに。
どうしてこんな事になってしまったのか。
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