▼ 千利休と恋
『へいへーいっ!ワビ助、そこのボール投げてっ』
「分かりました、これですね。いきますよ…えいっ」
『なんて女子力の高い投げ方っ!!でもありがとっ』
「いえいえ。わかめもそろそろ休憩にしてくださいね」
『これが決まったらね、んー……シュッ』
投げたボールが放物線を描けば、ゴールにシュッと吸い込まれていった
それを見届けたワビ助…利休くんが笑いながらパチパチと拍手をくれる
放課後の体育館は熱気に包まれた青春の溜まり場。部活に勤しむ生徒で溢れ、私たち女バスもその一角
そしてマネージャーであるワビ助もまた、私たちのサポートに走り回ってくれるんだ
「わかめ、ドリンクです」
『ありがとー、ワビ助のドリンクは学園のマネ一美味しいって評判なんだよね』
「いえいえそんな、お粗末様です。僕はただ、わかめたち選手に全力を出して欲しいだけですから」
『アンタ聖人か!男所帯の女子マネなら可愛い紅一点だけど…女バスの男マネとかもはや奴隷じゃない?』
「それも楽しんでいます」
『アンタ変態かっ!!』
「冗談です。僕はもう…競い合い争い合う競技の世界から身を退きたかった、それだけですから」
『…………』
そんなこと言って。マネージャーやってるなんて、未練があるってことじゃないのかな
でも穏やかに笑うワビ助が、激しくぶつかり合うバスケなんて…うん、似合わない
『ワビ助は静かにドリンク作ってるのが似合うよ』
「ありがとうございます。でもやっぱり…わかめには頼れるところも見せたいところです」
『へ?』
「……なんでもありません」
そう言って笑ったワビ助が、練習再開ですよと背中を押す
『ったく、ワビ助の奴っ!!なんで電話に出ないのかなっ…うぅ…奴隷の気持ちが分かったよワビ助…』
先輩という絶対権力者の命令で、部員分のおやつを抱えて小走りな私
休みの今日は仲良しの先輩たちと遊ぶんだけど…それでも上下関係は揺るがない。買い出しの手伝いを頼もうと連絡したのにワビ助は出ないし
『休みだもんね、ワビ助だって友達と遊んだり…か、彼女とデートしたりしてんのかな』
穏やかで大人しいワビ助だって男だ。日頃部活の逞しい女子にこき使われてる分、可愛らしい彼女とか作って癒されてるのかも
そんな噂は聞いたことないけど彼は私生活も謎だし。もしかしてもしかすると…
『っ…なんで気にしてんのかな私。そんなことより早く行かな…って、ん?』
ガシャンッと何かが軋む音に思わず立ち止まる。聞き慣れたそれはまるでバスケのダンクが決まったような…そして視線の先には公園の一角
ここは学生の溜まり場で、近所の子たちが集まってはストバスを楽しんでいる場所だ
その真ん中に…
『ワビ助…?』
「バァカ、喧嘩売るなんざ百年早いんだ。生まれ変わって出直して来い」
「うぅ…!」
「ハハッ…なっさけねぇ顔」
『……………』
「ん?あ……」
『や、ヤッホー…』
フェンス越しに背中が見えた
汗だくで倒れた男は確か学校の…男バスの先輩。そんな先輩を見下ろすのは綺麗な長髪を靡かせた男で、振り向いた先に私を見つけると少し目を見開く
そんな男にぎこちなく手を振る。気になって確かめに来たけど後悔した
『アンタ…本物のワビ助…だよね?』
「……………」
『バスケ…するんだね、でも、先輩にそんな言い方…』
手元で弄ぶバスケットボール。負かした相手を嘲笑う口元と、私を探るような鋭い視線
いつものワビ助と違うその様子に戸惑っていると、クッと笑ったワビ助が近づいてくる
「なんだわかめ、今日はお前がパシリか」
『パシっ…あ、アンタ、マネージャーをパシリだとか思ってたのっ!?』
「あ゛ー…冗談だ冗談。ちゃんとワビ助は楽しんでるぜ、マネージャーの仕事」
『他人事な言い方っ…ワビ助はアンタじゃんっ』
「違うね」
『違っ……へ?』
「うわ、すっげー着信とメール、ラインもか。わかめ、必死すぎだろ」
『は?て、ちょ、別にそんなんじゃないからっ!!』
フェンス側に置いてあった鞄からスマホを取り出し覗き込む彼。それは間違いなくワビ助ので、もちろん私からの電話の履歴やメールが残ってる
それを眺めてニヤつく彼、必死とかそんなんじゃっ…!
「ハハッ、そんなに返事が欲しかったのかよ」
『だから違うってば!それよりワビ助じゃないってどういうことっ!?アンタどう見てもっ…』
「サビ助」
『さ…サビ助?』
「そう、サビ助だ。どうせ暇だしかまってやるぜ、わかめ」
『はぁっ!!?かまってやるって…私、先輩のとこ戻らなきゃっ…!』
「ほらよっ」
『え、ちょ、うわっ!!』
ひょいっと男…サビ助が投げたボールがフェンスを越え、私の方に落ちてくる
反射的にキャッチすれば持っていた荷物は地面へ落下。それを見てゲラゲラと笑うサビ助
「ハハッ!!地面に落とすとか、やっぱお前パシリ似合わないわ」
『だからパシリじゃないってば!アンタ、ワビ助の双子の弟とかそんなの?』
「は?どうしてこっちが弟なんだ、違う、ワビ助とは…」
『ワビ助とは?』
「……止めた、バスケ勝負して勝ったら教えてやるよ」
『はあっ!!?』
こっち来いってゴール下に歩いていくサビ助。ボールを持った私は困るばかりだけど…コイツが何者かは、知りたい
そしてワビ助をパシリとか言ったこと、後悔させてやる
『いいけど私が勝ったらっ!!ワビ助にも謝ってよねっ』
「へいへい、じゃあ負けたら…」
『ま、負けたら…』
「今度の休みは、ワビ助とデート行け」
『はぁあっ!!!?』
「サビ助っ!!!」
『へ?』
男がとんでもない約束を告げた瞬間、どこからかワビ助の声が聞こえた気がした
慌ててキョロキョロと周りを見渡すが彼の姿は見えず、代わりに頭を抑えたサビ助がボソボソ何か言ってる
「黙ってろワビ助…悪いようにはしねぇよ…それに…」
『……………』
「お前もわかめにカッコイイとこ、見せたいだろ?」
今度は空耳なんかじゃなく、確かにワビ助の声が聞こえた
当たり前だ、て
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