▼ 毛利元就と恋
「先輩はなんで弓道やってんスか?」
「………」
不思議そうな顔で此方を見ながら、ケースにクラリネットを片付けるわかめを、楽譜を纏めながらその方向に視線を動かした。
女らしからぬ言葉遣いに眉を顰めれば、ねぇ、何でっ!と机に身を乗り出して我に詰め寄る。
「理由などない」
「じゃぁ、先輩吹部に来てくださいよ!
先輩の教え方スパルタだけどわかりやすくて本当に有難いんッス!」
「知らぬ」
「…先輩ぐらいの腕前なら部長になれるのにぃー?」
「諄い。我は転部する気は無い」
「ぇええー…」
なんでぇー、と机に突っ伏すわかめ。
拗ねたように頬を膨らます女の顔を暫く見つめ、ふと思い当たった感情。
……なんぞ。
「そこまで我と共にいたいか」
「ハイッ!」
「………計算していないぞ」
「先輩の思い通りにはならないッスよぉ〜?
それにアタシ、そんなぽんぽん赤面する女じゃないんで」
先程と一転して胸を張り、笑うわかめに頭が痛くなって頭を抱えた。なんという………何方かと言うと彼方の方が男の気がしなくもない。我の反応にわかめは恥じらいもなく口を開く。
「いーじゃないッスかぁ、アタシたちカレカノなんですしー?」
「不本意よ」
「そんなこと言って、告ってきたの先輩じゃないスか」
「我が人生最大の汚点よ」
「酷っ!」
「冗談だ」
せっ、先輩が冗談っ!?なんて、騒がしいわかめを無視。最大の汚点、は言い過ぎたやもしれぬが、汚点には間違いない。
そう、我は何を思ったのかこの男より男らしい女に告白、なるものをした。我に向ける笑顔が、我の手を引くその姿が、我の崇拝する日輪と似ていて……我は思わずわかめを欲した。最終下校時刻五分前の予鈴に、ケースを楽器庫の元へと慌ててしまいに行ったわかめの背に我はぼそりとつぶやいた。
「……正に汚点よ」
ーーーーーーー
真っ直ぐに、的の真ん中を射る矢に目を瞬く。次々と放たれるそれが、今日はやけにとても気になって、何時もは声をかけないのに、今日は声をかけてしまった。
「先輩、私もやってみたいです」
「………なに?」
ビイーンと音を立てて的の真ん中から矢がずれた。ああ、失敗した。声をかけなければよかった。でも、このやりたい病を抑えられるほど私は器用ではない。それに、どうやら先輩は的から外れた矢など気にしていないようだ。ただ、私の言葉に驚いたように目を見開いて固まっている。
「………どういう風の吹き回しぞ」
「(あ、硬直がとけた)いや、なんかやってみたいなって」
「まさか貴様、弓道を昔やっていたなどと言わぬであろうな」
「んー、やってないッスねぇ…」
「…そうか」
なんでそんな残念そうなんですか。
そう思いながら私は差し出された弓をとった。先輩と私の身長はほぼ変わらない。でも、男用だから少し重くて弦の張りは硬かった。……まぁ、気になるほどではないけれど。
「…構えはできるのか」
「先輩のやってること真似してんすよ」
「…左様か」
「ん……、ねぇ先輩」
私は人生初の矢を射た。
放った矢は逸れずに的の真ん中を射る。
とても気持ちがいい。でも、なんだか………それよりも。
「なんか私、弓道やってた気がするっス」
「………」
「なんだろ、初めてなんだけど……初めてじゃない気がするっていうか…」
何言ってんのか自分でもわからない。でも弓の構えも、どうすれば当たるかとかも、呼吸の落ち着き方も…何もかも、わかってるんだ。身体は覚えてない。でも、何かが覚えてるんだ。
「……貴様、忘れたわけではないのだな」
「?忘れた?」
「………否、何もない」
ふいっと顔を逸らされた。
なんなんだろうか。私は不思議に思いながら再び弓を引いた。
ーーーーーーー
「元就様、私は貴方の元で、貴方を庇って死にとうございます」
「………物好きな願いぞ」
「どの世でも、どんな運命でも貴方様に刃向かう者は私が射殺しましなょう」
「それでこそ捨て駒よ」
「ですがソレを終えた時、我が人生最高の出来事となりましょう」
「我のために死ぬ時がか」
「最期は、美麗な花が散るように死するのでなく、美麗なるかたを引き立てる醜き虫のようになりたいのです」
「…死に際が非道なものでも良いと申すか」
「貴方様が生きれるのなら、私は喜び勇んで捨て駒の人生を全う致します」
「…よかろう。ならば誓えわかめ」
「はい」
「来世も、その次の世も、我から離れるでないぞ」
「はい」
「いつの世でも我を守って、死に行くがいい」
「ありがたき、幸せでございます」
(約束したんだ)
(誓ったんだ)
(覚えていなくても、どんな人生だろうとも)
(貴方を守る、醜い虫であろうと)
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