クリスマスor正月 | ナノ


▼ 島左近と恋

まぁ、元々あんまり運が良い方じゃないとの自覚はあった。
何処ぞの穴熊さんじゃないけどさ、星の巡りって言うの?
何かそんな感じのものが頭の上で私の運を吸い取ってるんじゃないかなー、なんて思ったことは一度や二度じゃない。

例えば左近に連れってもらった鉄火場で、ことごとく裏目に張っちゃってあっという間に素寒貧になったり。
例えば刑部さんに持って行った渾身の出来のお茶が、足を滑らせた私の手から飛んで行って彼の頭に緑の雨を降らせたり。
例えば鍛錬中に使ってた木刀がすっぽ抜けたら三成様に命中しちゃって、そこから半日追い駆け回されて死ぬ思いをしたり。
例えば半兵衛様の、…って、これは思い出すのも怖いから止めておこう。
唯一の救いは主君秀吉様に被害が及んでないことだけだけど、もしそんなことになったら私、多分生きてない。
三成様に残滅されるって意味で。

とにかくまぁ、それくらいツイてない私だけど、何も頼まれた書状を届けた帰りに追い剥ぎに遭うほど運が無いとは思わなかった。
ちょっと治安が悪い地域だから気を付けてねって麗しい笑みを零した半兵衛様、ちょっとどころの話じゃなかったんですけど。
突然二十人近いの男共に囲まれたら、流石の私も女子みたいな甲高い声で叫んじゃいましたよこんちくしょう。
いや、女子だけどさ。

で、激しい攻防の末に獲物も逃げ場も体力も失くした私は今、生き残った追い剥ぎ五人に追い詰められている訳で。
あれ、これって絶対絶命ってやつじゃないか。

「はぁ、はぁ、やっと追い詰めたぞ…」
「梃子摺らせやがって、小娘が」
「よくもあれだけの人数を殺ってくれたな!」
「その小娘一人に二十人掛かりで手傷一つ負わせられないって、あんたらどんだけ弱いのよ」
「んだとっ?!」

あ、しまった口が勝手に。
一瞬前に吐いた言葉を悔いても、先に立たないから後悔な訳で。
ピキッって空気が凍る音がしたと同時に、見下ろす男達の目付きに怒りが孕んだ。
『ぬしの無意識に災いを呼ぶ口が羨ましい』って以前刑部さんが哀れんだ目で言ってたけど、もしかしたらこーゆーことなのか。

「貴様、よほど苦しんで死にたいらしいな」
「そんな悪趣味はないので遠慮します。あんたらが変態だったら別だけど」
「この野郎…」

すらすらと油を差したみたいによく滑る舌が止まらない。
でもさ、こいつらってば言ってることがいちいち三下なんだもん。
突っ込み所が満載過ぎて黙ってられない私悪くない。
そんな私の見下したような心持ちが伝わったんだろうか、男の一人が抜き放った刀にはぬらりと殺気が光っていた。

「まずはその減らず口から真横に裂いてやる」

あ、終わった。
頭上に振りかぶられた刀を見に私の覚悟が決まる。
そう言えば半兵衛様が、明日は聖人が産まれた日だとかでその前夜の今日は奇跡が起こるらしいよ、とか何とか言ってたな。
でもまぁ、そんなのただの迷信だったってことか。
それとも私の運の無さが、奇跡なんかには覆せなかったってことかな。
どちらにしろ、私の人生はここまでだったっつーことでさようならです、秀吉様、半兵衛様、三成様、刑部さん。
それと…。

「死ね!」
「…左近」

迫る凶刃を真っ向から見据えて、私は無意識にその名を呟いた。

ッギン!

「っ、」

だから突然眼前で散った火花も、弾き返された男の刀も、そして私を庇うように現れた大きな緋色の背中も全部、私は見逃しはしなかった。

「何っ?!」
「誰だ!」
「誰だと聞かれて名乗るのもおこがましいが、」
「左近!」

激しい誰何の声が飛ぶ中、思わず呼び掛けた背中がゆらりとこちらに振り返る。
でもその顔はなんだか恨めしそうな表情で、あれ、私何か変なこと言った?

「こんぶ……お前なぁ、せっかく俺が今からかっけぇ口上を名乗ってやろうと、」
「口上って……何悠長なことしてんのこのバカ!」
「バカって何だよ、助けに来てやったってのに!」
「来てやったぁ?頼んでないわよ!」
「何言ってんだ、今めちゃくちゃ危機一髪だったろ!」
「そんなことないもん!危機三髪くらいだったもん!」
「ンな言葉ねぇよ!お前こそバカか!」
「バカって言う方がバカなんです!」
「あっ、お前がそれ言う?先に言ったのこんぶだよな?」
「…おい、」
「知りませーん。記憶にございませーん」
「あのー…」
「白々しいすっとぼけ方すんなよ!くっそ、マジムカつく!」
「おいこら」
「とぼけてませーん。やだ、左近。もうボケて来た?」
「「「いい加減にしろ!!」」」

唐突な横槍に舌戦が中断されて、睨み合っていた私と左近はほぼ同時にそちらに振り向く。
すると、あらまぁ。
さっきよりもご立派な青筋を立てたゴロツキ共が、鬼の形相で私達に切先を向けていた。

「手前ぇら、俺らの存在を忘れてんじゃねぇよ」
「…あー……ごめんね?」
「首傾げて謝ったって可愛いかねぇよ小娘!」
「チッ」
「こんぶ、女が舌打ちすんなって半兵衛様にいつも言われてんだろ」
「煩いなぁ、あんたは私のお母さんか」
「や、その役は刑部さんに譲るわ」
「だから俺達抜きで話進めんなっつってんだろ!」
ガキン!

とうとう痺れを切らした男の一人が、左近に斬り掛かる。
けど、それを双刀の一本で軽々と受け止めた左近はニヤリと口の端を楽しそうに引き上げた。

「ま、こんなトコっしょ」
「そだね」
「何だと?」

訝しげに眉を寄せる男達を他所に、私と左近は視線を絡めて小さく頷く。
人間、怒りに駆られると頭に血が上ってまともな判断がし辛くなる、とは半兵衛様の教え。
私と左近の舌戦は半分は本気だったけど、実は男達を怒らせるのが本当の目的だった。
まぁ、わざわざ説明なんかしてやんないけど。

「んじゃ、年末大掃除と行きましょっかね。…そーいやこんぶさ、」
「何?」
「俺が来た時、半兵衛様の言ってた奇跡って話、思い出したろ」
「…そんな話、あったっけ?」
「ちぇ、覚えてねぇのかよ。つまんねー」

得意気な言い方がちょっと憎たらしくて、肩を竦めてトボけて見せた私に、左近は口を尖らせて双刀を構え直した。

ホントはね、思ったよ。
緋色の背中が現れた時、赤い着物を着て子供達に贈り物を配る人のことも思い出して、左近が奇跡を私に届けに来たのかな、なんてね。

「こんぶ、俺から離れんなよ」
「うん」
「豊臣の左腕に近し、島左近!入ります!」

気恥ずかしくて言える訳もない言葉を、私はそっと飲み込んだ。





20141225.
島左近とクリスマス

prev / next

[ back to top ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -