夏の恋 | ナノ


▼ 足利義輝と恋

『あ…ちょっと帝!またこんなにたくさん買ってきて…!』
「なに、少ないよりはいいだろう?ほら、おまえにもあげよう…おお、似合うではないか!」


京の夏祭りから帰って来た帝は、たくさんのお土産を抱えて満足顔
本当は私も行きたかったけれど…こんな地味な見てくれをした私は、帝の隣を歩く自信なんて到底無い


そんな上機嫌な帝が私の髪に挿したのは、赤い花が奇麗な豪華な簪。動くたびにしゃららと鳴るそれは確かにきれい…きれいだけど、私には派手すぎます…!


『だーかーら!毎回毎回出かけるたびにこんなにたくさんのお土産を買ってきて…!私への気遣いなら大丈夫ですってば!!』
「…ひじきは気に入らなかったか?迷惑をかけてしまっただろうか……」
「うっ…」


こう、目に見えてしょんぼりされてしまえば、こっちだって怒る気も失せてしまう
私が大きなため息をひとつはいて「お気持ちは嬉しいです」と一言告げれば、帝はさっきまでの消沈はどこへやら、にっこりとご満悦顔です


「ひじきが可愛くてな、つい色々と与えたくなってしまう」
『またそんな子供扱いして!』
「私にとってはまだ可愛い子供だよ、さあこの南蛮菓子もあげよう」


子供という言葉に食い掛かるも、やっぱり目の前に差し出された美味しそうなお菓子の前にプライドなんて保てません
よっぽど私の頬が緩んでいたのか、帝は笑いながら私の掌にその綺麗な色をちょこんと乗せてくれました。


「きれい…帝、これはなんと言う名前の菓子なのですか?」
「そうだな、確か名は“まかろん”と言っていたような…」
「魔…化論?ふしぎな名前ですのね…」


なんだかおどろおどろしい名前…しかし百聞は一見に如かず
“まかろん”勢い良く口に含んだ瞬間、ひじきの目が大きく開かれぱちぱちと瞬いた。
じっくりと味わうよう時間をかけて咀嚼するその様子に、帝はただ目を細め笑みを浮かべている

ごくりと喉を鳴らしたあと、ひじきは惚けたような顔で呟いた


『お、おいしい…!』


始めて口にしたそれは今まで味わった事の無いような食感で、すてきな色と香りがした。これは是非、マリアお姉様にも分けて差し上げなければ…!

私が今食べたのは赤色、マリアお姉様には…そうだ、翡翠色にしよう。ふふ、きっと喜ばれるわ…!だってあの方、南蛮菓子の方が好みだって言っていらしたもの!

一人であれこれ思想に耽っていると、ふいにある事に気がついた。
このお菓子、とっても綺麗だけれど…きれいだからこそ、私の色が無い…


私はマリア姉様や帝と違って真っ黒な目と髪、夜になれば見失うような地味な色だ
せめてお顔がお市様のように整っていればよかったのだけれど…そうでない私はいつも派手な色に躊躇してしまう
だからいつも着物は黒色。髪飾りなんてめったにしない

(やっぱり、黒色は縁起の良くない色よね……)
黒色なんて地味なだけ。本来帝の隣に立つべきはきっと、マリアお姉様のように美しくてしなやかなお方…

きれいなまかろんを目の前に、そっと項垂れたその時だった。


「ああ、これも土産で持って来たんだ。すっかり忘れていたよ」


そう言って差し出されたのは、豪華な簪でもなく、綺麗な南蛮菓子でもない
小さな箱に閉じ込められた…一匹の魚
水面が夜に溶け込んで、真っ暗闇を泳ぐ金魚。一目みて、帝のお屋敷みたいだなんて考えた


「どうだ、綺麗だろう?」
『はい、とても…ふふ、帝はいつも、私に赤を贈ってくださいますのね』


何気なく口にした言葉に、帝の手がすっと伸びてくる。その手は私の髪にある赤い簪そっと撫で、やがて黒髪へ滑り落ちた
しゃらら、と鳴るその音に少しどきりとしてしまう。それでも帝は目を逸らす事無く話を続けた


「私がなぜ、いつもお前に赤色を贈るかわかっているか?」
『え…あの、帝…?』


いつもと違う雰囲気に戸惑ってしまう。しかしここには私たち以外誰もおらず、仲介を求める相手も居ない
こ、この状況はどうしたら…!

私が慌てふためいたその瞬間、背後で大きな音がした。


『わっ!?』


振り返れば、そこには夜空を彩る大輪の花…真っ赤な花火が打ち上げられていた。近くでお祭りがあるなんて私、聞いてないですよ…!?
そう詰め寄ろうとしたその瞬間、第三者の存在に固まってしまう


「えーっと…お取り込み中、だったりした?」
「おお、朋よ!ご苦労であった」


長い髪を揺らして歩くこの方は、確か帝のご友人の前田慶次さん
というか、どうしてこの方が…!?そして一体どこから見られてしまっていたのでしょう…!?

顔を真っ赤にしたまま固まる私を差し置いて、朗らかに談笑を始めてしまう帝
前田さんの方はなんだかこちらをちらちらと見てくれているけれど、あんな場面見られてしまった後はまともに顔も見られません


やがて二人は談笑を終え、前田さんがくるりとこちらへ振り向いた。入り口近くに立っていた私は近づいてくる彼に少し身構えてしまうけれど、前田さんはすれ違いざまに小さく「愛されてるねぇ」と呟くだけだった

…一体、なんのお話でしょう?

前田さんが去った後、私はすぐさま帝に詰め寄った


『帝!もう…いきなり前田さんは現れるし、花火はあがるしで…私、驚いてしまいましたよ!!』
「はは、それならよかった!お前のために用意したのだからな!」
『私のため…?』
「そう訝しげな顔をするな。おお、また上がったぞ!見えるか?ひじき」


そう言うなり帝は、私をひょいと持ち上げて縁に腰掛けさせてくださった
やっぱり子供扱いされてるなあ…と思いつつも、夜空を彩る花火はきれい

けれど、何かが違う…それは


『帝、なぜ赤色の花火ばかりが上がるのですか?いつもはもっと、派手なものがお好きではないですか』


真っ黒な空に打ち上げられるのは真っ赤な花火ばかり、彩り豊かなものを好む帝が赤一色のみを用意させるはずがない

すると、帝は小さく私の手の中にある小さな箱をつついた

ゆれる水面の中で、気持ち良さそうに泳ぐ赤色の魚…空の色と相まって、それがとても美しく見えた


「ひじきよ、なぜ私が赤を好むかわかるか?」
『それは…ご自分の色だから、でしょうか』


賭け事が好きな帝のお城はいつもたくさんの赤色に囲まれている
だから私はいつの間にか赤色を、帝の色と結びつけていた


「そうだ。では先ほどの続きだが…何故私が、ひじきに赤色を贈るかわかるか?」
『それ、は……』


赤をご自分の色と肯定なさった帝。その言葉の後でこんな質問……
もしかしたら、なんて思ってしまう自分が居る

口を開けと心音が急かす、それでもやっぱり傷つくのは怖い
開きかけた口をもう一度きゅっと結んだその瞬間、帝が優しく私の頭を撫でた


「…まあ、無理に急ぐ事は無いな。今はただ、お前の黒に一等映えるのは私が贈る赤色だという事実だけで良い」


手を離し、いつものように明るく笑う帝
私はその手をもう一度掴むことも出来ず、だからといって気の利いた言葉が言える訳でもない
ただ帝が後ろを向いてしまうその時まで、見つめ続ける事しかできなかった


『あ、あの!帝……!』


小さく揺れたあなたの背中、でもごめんなさい
そのまま振り返らずに言わせてください

私は帝が振り向くよりも先に背中にしがみつくと、喉の奥から絞り出した小さく揺れたあなたの背中、でもごめんなさい
そのまま振り返らずに言わせてください

私は帝が振り向くよりも先に背中にしがみつくと、喉の奥から絞り出した小さな声で呟いた。


『……もし、もしよかったら…次のお祭り、私も一緒に行きたいです』


私の顔はきっと、あの花火みたいに真っ赤なのでしょう
それでもいいと思えるのは、あなたが贈ってくださる色だから




20140809.
足利義輝と恋/おかもち様

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