夏の恋 | ナノ


▼ 柴田勝家と恋

掬い取ったはずの紅い魚が、網を破って水の中へと溢れ落ちた。



「あ…」


「あー、残念だったね」



傍らで苦笑いするひじきの手には、金魚と出目金が一匹づつ入ったビニール袋。思わず眉根を寄せた。


地元で開かれた祭は、規模が小さい割に賑やかで。私にはこの喧騒を好きにはなれそうになかった。
なら何故居るのかと言えば、このお節介な幼馴染みに引き摺られて来たからだ。決して私の意思で来たわけではない。



「ほら、次行こうよ!射的とかどうかな。それとも何か食べる?」



一人で行けば良いものを、何故こうも私に構いたがる。
私は一人がいい。独りでいい。なのに何故、こうも掻き乱そうとする。

何故、お前は――



「ひじき、いい加減に――……っ!」



不意に視界の先に映る、宵闇色の髪。見間違いようもない、あれは。



「……お市様っ!」


「っ、勝家!」



掴まれていた手を振り払い、回りも省みず駆け出す。そしてその姿を見て、愕然とした。


確かにそこに居たのは彼の方だった。その闇色の目に隠しきれぬ程の幸福を抱き、傍らを歩くあの男を見ていなければ、恐らく話し掛けていただろう。


しかし、私にはあんなにも幸福そうに微笑むお市様に、声をお掛けすることなど出来なかった。


先程の金魚のように、私の手から何かが溢れ落ちていく感覚。否、恐らくそれとは違うだろう。私は、彼の方を掴めてすらいなかったのだから。


茫然とその背を見るばかりの私の背に、強い衝撃が走った。思わずよろめいたが、何とか持ちこたえる。
振り返れば、先程振り払ったひじきが私の腰にしがみついていた。背に埋められた顔は、此方からはよく見えなかった。



「ひじき………?」


「…来て」


「?……なっ!?」


私の腕を強く引き、人波に抗い進んでいくひじき。ひじきの細腕など、その気になれば振りほどけた筈なのに、私はそれが出来なかった。
してはいけないと、感じた。


軈て賑わう場所から静かな川辺に着いて、漸くひじきはその足を止めた。



「ひじき……?」


「…此処ね、人が少ないけど花火がよく見える隠れスポットなんだよ」



此方を見ぬまま、ひじきが語り出す。



「本当はもっと綺麗に見えるところ知ってるけど、勝家騒がしいの苦手でしょ?だから、慶次や左近とかに聞いて、静かに見れるところ探したの。
此処ならきっと勝家も気にいる、って楽しみにしてたの。勝家と一緒に見たかったら」


「……ひじき…」


「……ねえ勝家、お市先輩じゃなくて―――」



瞬間、花火の鮮やかな光の中、私の唇とひじきのそれが重なっていて。



「私を、見てよ」



告げられた言葉と、お市様と同じようで違う黒い瞳から向けられる真摯な眼差しに、動く事が出来ない。


夏祭りの夜空を飾る光の音が、何処か遠い場所から聞こえているような気がした。





20140804.
柴田勝家と恋/アルト様

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