出久ちゃんの深夜メロウ(オル出)




☆二十六時のシンデレラ。高校三年生の女の子と教師が微妙な距離感で生きているオル出です。女体化と事案注意。




◇◇



 日曜日、深夜零時。デジタル時計の数字が切り替わった瞬間に、出久はパチリと目を開けた。オールマイトに囲まれた自分の部屋。いつも違うのは、ここが“実家”の部屋であるという点だけで、その他は何一つ変わりない。土曜日の夜に実家に泊まる旨の外泊許可申請を担任に提出してから十時間、帰宅してから六時間後の出来事である。

 出久はむくりとベッドから身体を起こして、そろりそろりと洗面所に向かった。リビングの電気は消えているし、母の寝室も扉がしっかりと閉め切られている。蛇口のハンドルを捻る力加減を間違えずに少しだけ水を出せば、音でバレる心配はない。出久は鏡に映る自分の姿を見た。ボサボサの髪、ソバカスが散る頬、ネルシャツと書かれた寝巻きのTシャツ。うーん、これは良くない。さっそく準備に取りかかる必要がある。
 ちょろちょろと漏れる水で顔を濡らし、部屋から持ってきたハンカチで顔を拭き、ベッドに入る前にも磨いたけれど念の為もう一度歯ブラシを咥え、髪を整えた。とはいえ、寝癖のついた短めの髪の毛はなかなか落ち着いてはくれないのだけれど。
 そんなこんなで、洗面所で行える身支度を一通り終えると、また抜き足差し足忍び足で自分の部屋に戻る。ドアノブを倒したまま扉を閉め、それをゆっくりと上に引き上げてから、「ふぅ」と息を吐いた。濡れたハンカチは椅子の背もたれに引っ掛けて、クローゼットをあさり“コテ”を出す。火傷するほど熱くなる鉄の棒に対する恐怖心をいまだに払拭できない彼女は、机の端にコテを置いてプラグにコンセントを挿した。スイッチはまだ押さない。案外すぐに熱くなるということを嫌というほど思い知っている。準備だけして、こちらは後回しだ。

 出久は鏡とポーチを準備して、クローゼットの奥底から一着のワンピースを取りだした。夏の夜空によく似た濃紺の生地に、散りばめられたレモンの実と花が爽やかさを演出している。ホームページで見た時よりもレモンイエローが濃い。通販で購入したので試着はしていないが、着丈も長くゆったりとしていて、二の腕の筋肉と成長著しい胸の大きさが気になっていた出久にとっては、ちょうどいいサイズ感だ。窓ガラスに薄く反射する自分の姿を眺めながら、一度くるりと回ってみる。裾がふわりと広がったけれど、ギリギリのところで膝は隠れた。これもちょうどいい。膝小僧に貼った巨大な絆創膏が上手い具合に隠れる。昨日の演習でヘマをした時は焦ったが、これなら風が吹いても大丈夫そうだ。

 次はメイク。これはいつまで経ってよく分からない。動画サイトで日がな一日“初心者向けメイク”というタイトルの動画を見ていても、動画の通りに実際にやってみても、出久の上達は亀並みの速度だった。それでも前よりは少しマシという程度になったので、あとは本人の努力次第だろう。出久は椅子に腰を下ろして、知り合いが誰もいない隣町の薬局にわざわざ出向いて購入したプチプラのメイク道具を机に並べた。それを講座の通り……化粧水、下地、ファンデーションと塗り重ねていく。始めたばかりの頃はソバカスを隠すためにコンシーラーやファンデーションを塗りたくりゴテゴテの肌にしてしまったが、今はなるべく薄くを心がけていた。
 チークを軽く血色が良くなる程度にのせて、アイシャドウもそれに倣う。冒険はしない。どちらもアプリコット系と書かれた、一番売れていると思われる商品だ。リップは薬用の色つきをひと塗りして、唇に馴染ませる。あとは最後の仕上げで、メイクのバランスを確認している間に温めたコテを使い変にクセのついた髪を直した。

 するとどうだ。鏡の中にはちょっとだけ大人びた女の子がいる。出久は立ち上がると、再びくるりと回った。どこからどうみても、女の子だ。久しぶりに満足のいく出来かもしれない。ウキウキとした気分でいつもの大きなリュックから白いポシェットを取り出し、財布やスマートフォンをつめる。女の子の鞄は小さすぎて、リュックの中身の三分の一もつめられないのが難点だ。でも、可愛らしいワンピースには良く似合っている。

 出久はウキウキとした気分で静かに部屋を出て、ウキウキとした気分で玄関の鍵を閉めた。外の空気は生暖かい。穏やかに吹いた風に遊ばれた髪の毛を片手でササッとなおし、マンションのエレベーターが一階につくのを待った。エレベーターの扉が開いたら周りを確認、人の気配がなければそのまま奥へと進む。
 一番端の部屋。
 トン、トントン、と不規則なノック。
 ドアノブを回す。
 鍵はかかっていない。
 出久はドアの隙間から室内へと身体を滑り込ませた。

「似合ってるね」

 急に声をかけられたが、驚きはしなかった。真っ暗な廊下に男が佇んでいる。

「今日の格好も可愛いよ」

 あなたのため、とは言わない。好きな人のために可愛くなりたい普通の女の子では駄目だからだ。出久はヒーローになりたい女の子で、恋に生きる女の子ではない。と、自分自身を無理やりに納得させる。

「ありがとうございます……オールマイト」

 スリッパを履いた状態で立ち止まった出久の手を誘うように引いて、オールマイトはリビングに入った。見慣れた部屋だ。訪れた回数を数えるのに両手が必要になったから、というよりも、ここは住み慣れた実家の間取りと同じなのだから当たり前の既視感である。ただ、自分の家よりも洒落た家具が多いように思う。彼のセンスの良さがこれでもかというほど現れていた。……高校三年生の教え子と密会するだけのために借りた部屋なのだから、もっと簡素でも良いとは思うが。

「なにか飲む?」

「いえ……それより、あの、」

 時間はあまりない。ソファーに座った出久は、もじもじと膝を擦り合わせながらオールマイトを見た。

「手、手を……触ってもいいですか」

「うん。……どうぞ?」

 ぬっと差し出された手を出久はそっと握った。始めは手を繋ぐようにして、その手の温かさを確かめる。夏の夜なのに、少し冷たい。血の巡りが悪いのかもしれない。繋いだ手を解き、指と指を絡めてギュッと握り合った。オールマイトの指が、いたずらに出久の手の甲をさする。出久も負けじとやり返したが、彼の指の付け根の間接を軽く押しただけだった。

「次は? どうしたい?」

「肩を……その、抱いてもらう、とか」

「お安い御用さ」

 パチリとウインクを飛ばしたオールマイトが、薄い生地に包まれた肩を抱き寄せる。布越しに感じる男の体温に、出久の心臓はありえないほど早い鼓動を刻んでいた。天にも昇る思いだ。ただ、これは断じて恋人同士の戯れではない、という事実が彼女の心を蝕む。
 少女のままでいるわけにはいかない。立派なヒーローになる為の糧として、大人の嗜みを身につけたいから協力して欲しい。という弟子の頼みを断りきれなかった師匠の優しさにつけ込んでいるだけなのだ。
 オールマイトの手がするすると下に降りてくる。膝の上でガチガチに握り込まれていた出久の拳に、彼の手が重なった。子供の手なんて簡単にすっぽりと覆い隠してしまえるほどの大きな手のひらだ。……震えているのがバレてしまったかもしれない。
 何故か震えを誤魔化そうとして、パッと顔を上げた。近距離で目が合う。真横にきていた彼の顔に驚いて身を固くした。オールマイトが軽く頭を下げるだけで、唇同士が重なり合う距離だ。心臓がうるさい。こんなに近くにいることは、これまでになかった。なんだか変だ。暑い。蒸し暑い夜だから、変な気分になる。
 出久は雰囲気に呑まれて瞼を閉じそうになったが、ピリリッと響いた電子音に気づいて慌てて身体を離した。アラームだ。時計を見る。夜中の一時五十七分。あと三分で魔法がとけてしまう。

「ごっ、ごめんなさいオールマイト。ぼく、戻らなきゃ」

 出久の言葉に、オールマイトも苦笑いをして立ち上がった。

「気をつけて。本当は送っていきたいところだけど……」

「ダメです! あ、いや……大丈夫、です。見つかったら大変だし、同じ建物の中だし……」

「……君はもっと自分の魅力に気付いた方がいいと思うぜ」

 不意に、男が身を屈めた。ぽかんとしていた出久の頭を抱き寄せて、耳元に唇を寄せる。

「おやすみ、シンデレラ」

 身体を反転させられ、トンッと軽く背中を押されてしまえば、出久にできることは可能な限り静かに自分の部屋に戻ることだけだった。
 エレベーターを出て、玄関をくぐり、靴を――。靴。そうだ、靴を履き替えてない。出久が履いているのはオールマイトが用意したスリッパだ。しかし靴を取りに戻る時間はない。出久はスリッパを胸に抱えて、足音を立てないように自室に入る。
 魔法がとけるまで、あと一分。ワンピースを脱ぎ捨て紙袋に突っ込むとメイク道具やコテと一緒にクローゼットに押し込んだ。リュックのポケットから取り出したメイク落とし用のシートで顔をゴシゴシと拭う。時間が無い。いつもの半袖と半ズボンに着替えてベッドに潜り込む。あ、と思って起き上がり、再びクローゼットに走った。ハンガーにかけてあった制服を取り出して、椅子の背もたれに引っ掛けていたハンカチをしまう代わりに制服をかける。ベッドに片足を突っ込む。
 二十六時。魔法がとけてただの子供に戻った少女は、名残惜しむようにゆっくりと目を閉じた。




◇◇



(朝起きて、ベッドの下に置きっぱなしにしていたスリッパの存在に気がついて、両手で顔を覆う出久ちゃん)





title by April
(タイトル名詞一部改変)





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