スローナイト・ダンス (カイジ夢)



すべてが終わった夜の、なんでもない戯れがいちばん好きだった。あぐらをかいてタバコをふかすカイジくんの長くてパサついた髪を指の間にすべらせて、時折みつあみにするのが私の唯一の楽しみ。
カイジくんは眠たそうな顔でぼんやりとしていて、ずいぶんと余裕ができたものだなと感心してしまう。一年も経てば、自然とそうなるのだろうか。生娘のような反応をしていた頃が懐かしい。
人というものはいつの間にか成長しているのだ、なんて。母親みたいな事を考えてしまう。
いや、母親とはセックスなんてしないから、やっぱり私と彼は赤の他人だ。
「そういえば、カイジくんと出会って一年だね」
なんとまさに、今日がその日。私の言葉にカイジくんは「え、」と呟いて、タバコの灰をポトリと灰皿の中に落とした。
「え、え……マジ?」
「マジ」
「……ごめん」
カイジくんは捨てられた子犬みたいな目で私を見ると、ガバッと頭を下げた。
「どうしたの、急に」
「いや、だって……おれ、」
一年目なのに、とか、忘れてて、とか。彼の話は要領を得ないもので、私の頭の中にもハテナが飛ぶ。
「ほら……やるんだろ、記念日とか……。付き合ってる男女っていうのは……」
「えっ」
「え?」
「あ、いや……今なんて?」
付き合ってる。聞き間違えでなければ、彼は確かにそう言った。数秒間をあけて、カイジくんは再び「恋人ってのは記念日を祝うもんなんだろ!」と大きな声を出した。
細く立ちのぼる煙が、低い天井にぶつかって行き場をなくす。ぽろぽろと崩れる灰、ジリジリと削れる音。
いや、違う。
これは組み立てられる音だ。
「わたしって、カイジくんと付き合ってたの?」
目からウロコがぽろぽろと。タバコの灰と混ざりあって、灰皿に小さな海をつくる。
「つ……付き合って、」
カイジくんは色味を無くした声で「なかったの、か……俺たち」とつけたした。
「だって」と、私も空っぽな声になる。
手を繋いだことなんかない。指先が触れ合ったことも。デートしたことも。一緒にご飯を食べたことも。何も無かったのに、どうして付き合ってると思ったのだろう。
指を絡めあったことも、指先で相手の奥深くに触れたことも、唇を重ねたことも、バイトの帰りに安いホテルに直行したことも、ひとつの煙草を二人で分け合ったことだってあるのに。
どうして。
「……馬鹿だね」
カイジくんが酷く傷ついた顔をしたので、あわてて「違うよ」と謝る。
「ごめん。私のはなし」
「いや……! 俺の方こそ、変なかんちが」
い。という言葉は、私がぺろりと飲み込んだ。
「……勘違いじゃないよ。私、カイジくんと過ごした夜を無かったことにしたくないの」
薄くてカサついた唇にもういちど噛み付けば、彼が嬉しそうに尻尾を振るものだから。
もう二度と『勘違い』なんてさせないと、私はひっそりと心に誓った。






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