シュレディンガーの箱庭(オル出+モブ)




☆オル出と、出くんに片思いしてるモブ女の短編三つ。モブ視点。



◇◇



 あ。と思った時には、二人の姿は仮眠室の中に消えた後だった。緑谷くん。もしゃもしゃの髪の毛は湿気でいつも以上に爆発している。ブレザーを脱いだ背中、真っ白なシャツが少しだけ身体に張りついていた。目が大きくて身長も低い緑谷くんの身体はしっかりとした筋肉に覆われている。ヒーロー科の人はみんなそうだ。男の子はもちろん、女の子も漏れなく。経営科でノート相手に四苦八苦する私とは違う。
 適度に冷房の効いた教室に比べたら、廊下はじっとりとした暑さのベールに包まれている。自然と背中が汗ばんだ。ノートの表紙がしおしおと縒れる。あつい。やけに喉が渇いていた。

「どうしたの?」

「あ……マイちゃん……」

「早くしないと遅れちゃうよ」

「……うん」

 同じクラスのマイちゃんは「どーったの?」と、視線の先を追いかける。それからややあって心配そうな瞳をこちらに向けた。

「具合悪い?」

「え」

「仮眠室より保健室の方がいいよ。おばあちゃんに治してもらお。辛すぎるなら仮眠室でもいいけど……」

「大丈夫……。それにたぶん、鍵かかってるし」

 仮眠室。しっとりと影を落としている。移動教室の前でザワつく廊下とは一線を引いて、仮眠室の辺りは人の気配がない。ぽっかりとそこだけ抜き落としたかのような、変な空間がある。薄暗くてしんと静まり返っている。
 そしてたぶん、鍵がかかっている。

「鍵かけてないとサボる生徒いそうだもんね」

「……うん。ごめんね、マイちゃん。行こっか」

 緑谷出久くん。ヒーロー科、A組の人。喋ったことは殆どない。私の、好きな人だ。そんな彼は、いつも仮眠室へと消えていく。彼が好きなアノヒトと連れ立って。

「それに」

「なに?」

「ずっと開かないんじゃないかな」

「もしかして鍵……壊れてるの?」

「うん」

 あの部屋には、鍵がかかっている。


【シュレディンガーの箱庭】

オル出を見かけつつも黙認するモブ。



▽▽



「緑谷くん」

「……? えっと、」

 戸惑う彼の目の前にチョコレートを差し出した。まん丸な瞳をパチ、パチ、と何度か瞬かせて、彼の視線は私と小箱を往復する。

「オールマイト先生に渡してくれる?」

 そう告げた時の緑谷くんの表情は何とも形容し難く、軽蔑とも後悔とも悲哀とも取れるような、そんな顔をしていた。彼の顔色は悪く、今にも倒れそうな雰囲気をまとっている。それは肺までをも凍てつかせるような寒さによるものではなく、私が言い放った言葉のせいだ。

「……ごめん、」

「うん。分かってた」

 知ってたよ、というと、彼は驚いたように顔をはね上げて私を見た。オールマイト先生に宛てたダミーの小箱はポケットにしまう。

「本当はこれ。緑谷くんに」

「僕に?」

「あげようと思ったんだけど」

 彼のために用意した小箱をギュッと握りしめた。

「やめとくね」

「えっ、あ、うん……」

 たぶん差し出されても受け取らなかっただろう。アノヒトに義理立てて。

「実はね」

「え?」

「毒入りなの」

「エッ?!」

 丁寧に、形が整うように、美しく結んだリボンを片手で解く。赤いリボンが地面に落ちるのを黙って見ている彼の目の前で小箱の蓋を開けた。何の変哲もないチョコレートが顔を出したので、そのひとつを摘んで口に放り込む。
 私の手から箱を叩き落とした緑谷くんの瞳に映る私は、楽しそうに笑いながらバイバイと手を振っていた。


【ラプラスの愚者】

オル出前提、出くんに覚えていて欲しいモブ



▽▽



 高校生のころ、一度だけ、告白されたことがある。その人は特別顔が良いわけでも、背が高いわけでもない、普通の男の子だった。変わっているところを強いて言うなら、ヒーローを目指しているという事くらいだろうか。
 目の前の光景に、あの日の記憶が蘇る。
 真っ赤な顔で、額から汗をたらして、私の膝に縋りつきながら言葉を紡ぐ彼は、なんとも憐れな姿に見えた。
 虫みたいだ。緑色でモゾモゾと動くトロい芋虫。そのうち踏み潰されて死んでしまう小さな芋虫。蛹になることも、蝶になることもなく死んでしまう可哀想な生き物。憐れすぎて笑えてくる。

「だから何」

 私の言葉にビクリと肩を揺らした彼は、体液でぐちょぐちょになった汚らしい顔を私に向けた。

「見上げないで」

「でも、そんな、」

「そんな告白。私にしたところで、でしょ?」

「だ、だって……あなたが、」

「私はこう言っただけよ。『私、緑谷くんが好きなの。そういえばあなた、中学生のころ、彼を虐めていたそうね』って」

「ウッ、ウッ……あ……」

「愚かよね。罪の告白なんて。死ぬ間際に」

「がっ、うグッ……」

「私ね、緑谷くんが好きなの」

 可哀想な男の耳元で「だから許してあげない」とささやく。ヒュッ、と息を呑む音が聞こえた。かわいそうに。つらくて、痛くて、堪らないでしょうに。でも残念。すぐ楽になんてしてあげない。

「苦しみなさいな。地獄に落ちるまで」

 大好きなあの子の為なら、なんだってしてあげる。ヴィランになることだって厭わない。

「ああ、ごめんなさい。地獄に落ちても苦しむのよね」

 床に平伏した無様な背中を踏みつけた。


【ファラリスの雌牛】

出くんのために闇堕ちするモブ





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