夜を泳ぐ(オル出)



☆手紙と誕生日と婚姻届。出くん視点


◇◇


 学生時代に思いつきで書いた手紙を未だにとってある。とってある、ということはつまり、宛名のない手紙は行き場を失ったままだ。無地で薄いベージュみたいな色をしたシンプルな便箋に綴られた文字は、二度と日の目を見ることもないのだろう。本当はオールマイトとコラボした――それもハンバーガーのクリスマスセットを五千円以上買わないと貰えないオマケの――レターセットを使おうかと思ったけれど、封を切るのが勿体なくてやめた。あの時ほど、もうワンセット買ってもらうべきだったかと後悔した日はない。でも当時の僕は小学生で、とても無力だった。クリスマスとはいえ一万円分のハンバーガーセットを買ってもらうという行為はしのびなく、大人になったら絶対に三セットは購入しようという決意を固めたが、それ以降あのハンバーガーショップはコラボ商品を出すことはなかったので、僕の決意は不完全燃焼のまま終わってしまったのだけれど。

 そんな無力さを嘆く気持ちは、とりあえず置いておく。高校を卒業して二年。どうして今さら手紙の存在を思い出したのか。それはとても簡単なことで、僕は今まさにダイニングテーブルの上の便箋と向き合っているからだ。二十歳の誕生日までに手紙を書く必要があった。書きたいことが多すぎてだらだらと先延ばしにした結果、とうとう前日になってしまったけど、結局内容は前回とほとんど同じ。感謝の言葉と、プラスアルファで愛の言葉、なんていうものをしたためる。なんだか照れくさい。でも直接口にすると緊張して上手く伝えられない気がするから、やっぱり手紙という形が望ましいと思った。
 丁寧に折りたたんだ便箋を封筒の中に入れる。震える手を押さえながら宛名を書いた。日付が変わるまであと十五分。ギリギリだ。電車もバスもないし、下道を行っても間に合わない。ので、上を行く。
 手紙をリュックにしまい込み、パーカーのフードを被ってベランダに出た。もちろんスニーカーは事前に準備してある。手すりに乗っかって見下ろす夜の街は、もうほとんどの人が夢の中だ。ぴょんと飛んで隣のビルに移る。ぴょんぴょんとそれを繰り返して瞬く星の海を泳ぎ、日付変更五分前にオールマイトのマンションへと辿り着いた。
 窓は開いていた。「お邪魔します」と「不用心ですよ」を立て続けに言いながら部屋に入る。

「いらっしゃい。君が来るって分かってたからね」

 日中の蒸し暑さはどこへやら、部屋の中は少し涼しいくらいだった。そよぐ夜風が、彼の前髪を揺らしている。僕は靴を脱いで室内にあがり、後ろ手で窓を閉めた。

「お茶を……と思ったが、あと四分しかないな!」

「遅れてすみません……。ちょっと準備に手間取って」

「気にすることないさ! 多少遅れても問題は……」

「だ、だめです!! ギリギリになった僕が言うのもアレですけど、今日……と明日は特別な日なので……」

 時計を見る。一分前だ。
 リュックを下ろして手紙を取り出し、テーブルの上に広げられた婚姻届の横に置いた。それから印鑑と、お母さんが卒業祝いにとプレゼントしてくれた万年筆を取り出す。大人になるということは自分の行動に責任を負うということで、それはヒーローだろうと一般人だろうと変わらない。これはここぞという時に使いなさいと、手渡されたプレゼント。高級感あふれる箱におさめられた万年筆を視界に入れた瞬間から、僕は使い時を決めていた。
 申請者の欄は既に埋められている。一度試し書きをしたきりだった万年筆をグッと握り直した。八木俊典という名前の横に、震える手で緑谷出久という文字を綴って、印鑑を押す。
 ピピッと軽い電子音が鳴って、デジタル時計の表示がすべてゼロに切り替わった。そのタイミングで、オールマイトは「誕生日おめでとう!」と何処からか取り出したクラッカーを鳴らす。パンッと、銃声によく似ているが重々しさは全くない軽快な音が響いた。ひらひらと舞った紙吹雪が僕の頭の上に降りかかる。

「あっ、ありがとう、ございます!!」

「それにしても……誕生日プレゼント、本当にこれだけで良いの? どっちみちやる予定だったから、もっと別なものでも良かったんだよ?」

「いいんです! お気持ちはありがたいですけど、今この瞬間を他のもので塗り替えられたくないから……。夢みたい、で……。オールマイトと家族になれるなんて……本当に都合のいい夢を見てるみたいだ……」

「夢じゃないって確かめたい?」

「……はい」

 僕の髪に絡まった紙の破片を一枚一枚取り除いていたオールマイト……いや、俊典さんが身をかがめて僕の唇に触れた。何度となく繰り返したキスでも、初めの一秒はいつも心臓が跳ねる。

「オ……俊典さん。あの、僕……手紙を書いてきたんです」

 万年筆を置き、手紙の上に指を乗せた。

「私に?」

 もう一度聞き直す彼に、裏返して宛名を見せる。

「読んでもいい?」

「だめです」

「ダメなの?!」

 だってこれは遺書の代わりで、御守りみたいなものだから。そういった事柄をやんわりとした表現で伝えると、俊典さんの表情は一気に引き締まった。落窪んだ眼窩で揺れる瞳は酷く動揺している。彼はわりと感情が顔に出る。怒ったり、笑ったり、泣いたり、それから、愛したり。目は口ほどに物を言う、なんて言うけれど、彼の瞳はいつだって真実を語りかけてくる。嘘をつかない。それは彼自身が僕に言っていた事だ。
 
「貴方は……自分の方が先にって思ってるかもしれないけれど、そんなの分からないじゃないですか」

 僕だって、確かにまだ駆け出しだけど、これでも命懸けの仕事をしている。ずっと憧れていたヒーローという職に誇りと使命感を持っているし、一日たりとも後悔した日はない。……僕は、これからも、絶対に後悔なんてしたくない。

「だから、これは“もしもの時”に読んでください。……でも、なるべく読まないでください。僕、この手紙を読んでないか確認するために、絶対に貴方の元に帰りますから」

「……ウン。……うん、分かった」

 僕はゆっくりと目を閉じた。
 頬に触れる手を黙って受け入れる。俊典さんの指が僕の瞼に触れ、輪郭をなぞり、今度は優しく抱き寄せられた。恭しくおこなわれる一連の行為は、なにかの儀式のようだった。
 抱き締められる温もりをいつまでも感じていたいから、何があっても彼の元に帰りたい。そういう願掛けだ。
 宛名の無い手紙も、彼に宛てた手紙も、一生、日の目を見ないことを祈っている。



◇◇

オル×出のBL本は
【題】夜を泳ぐ
【帯】あいつが居なくてもそれなりに楽しいけれど
【書き出し】学生時代に思いつきで書いた手紙を未だにとってある です
#限界オタクのBL本
https://shindanmaker.com/878367




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