不可視の焼き印(オル出)



☆緑谷少年の一番(好きなヒーロー)は自分だという絶対的な自信が次第に緑谷少年の一番(好きな人)は自分、になっていって、揺らぐことがどうしても許せなくなってきたオル
(我慢できなくて空き教室でちゅーしてくるオルにダメですよ~~~~ってなってる出くん)


◇◇



「君は、」

 私のことが好きだもんね。という言葉をもう何回聞かされたのか分からない。そのうちに耳がグズグズに腐って落ちてしまうのではないかと思うほど甘い蜜を注がれて、僕はそのたびに「はい」と答えるしかなかった。

 誰に見られるとも分からない空き教室の端っこの壁に僕をおいつめて、大きな背丈を腰の曲がった老婆みたいに屈めるその人は、いつも確かめるようなキスをする。考え事をしていたら舌を強く吸われて、ビックリして体が跳ねた。驚いたついでに目を開けて彼を見る。私以外のことに集中するのは許さない、と言いたげな瞳が僕の胸を穿った。僕が目を閉じている間もずっとこっちを見ていたんだろうか。こちらの反応を逐一確かめているようで居心地が悪くなる。
 オールマイトは、何を確かめたいんだろう。

「んッ、ん……ふっ、ふぁっ……ぅ……」

「しょうねん、」

 彼の手が僕の背中を撫でた。くすぐったいのか気持ちがいいのかよく分からない。ただ、ぞわぞわとした奇妙な感覚だけが這い上がってくる。

「あ、や……んんっ、服のなか、だめです……」

「さわるだけ」

「だって、ここ……っ、だれかきたら、」

 シャツを引っ張りだされて、ひんやりとした手が僕の脇腹に触れた。冷たくて、ちくちくする。どうにかして逃れようと身をよじってみたら、オールマイトは低い声で「誰も来ないよ」と呟いた。まるで僕が悪いとでもいうように、ぢゅるっと音がするほど激しく舌の根元を吸われる。

「……っ! ――ッ、んぁッ……」

 腰が抜けそうだった。立っていられないなんて、なんのために足腰を鍛えたのか分からない。でもこれはたぶん、僕にとってもオールマイトにとっても想定外の出来事だ。あの頃の僕らじゃ、考えもしなかった。だってキスでも砕けない腰の強さを作るなんて、とてもじゃないけど訓練内容には記載できない。
 下半身がふにゃふにゃになってその場に座り込んでしまいそうだった。けれど砕けきった腰をオールマイトに支えられて、身体の半分を彼に預けるような形になる。まだ、終わらせてはくれないのだ。粘着質な音はいよいよ激しさを増して、頭がどうにかなりそうだ。

 葉隠さんたちが回し読みしていた少女漫画に出てくるような、穏やかなキスとは程遠い。オールマイトのキスは珈琲の味がする。僕の授業が終わる頃に職員室でマグカップの底に残った珈琲を飲み干して、そのまま空き教室に来たんだなと思った。
 好きな人とキスをしているのに、苦くて、なんだか苦しい。……苦さと苦しさに何の違いがあるんだろうか。僕たちの関係はなんだ? 託した者と託された者。師匠と弟子。教師と生徒。でも僕たちはキスをするし、オールマイトは僕の好きを知っている。僕はオールマイトの想いを知らない。ふりを。している。だけ。……オールマイトが何を確かめようとしているのかも、本当は知っている。憧れと恋の違いって、なんだ。何が違う。苦い。苦しい。苦さと苦しさの違いって、なんだ。どうして。キスだけでこんなに悲しくて辛いのに。これじゃあ大人になって珈琲が飲めるようになった時、ふとした瞬間に泣いてしまいそうだ。

「レモンの味だ」

 彼の口から苦々しく漏れていった言葉に、ふわふわと離脱していた意識が引き戻される。そんなわけない、という僕の台詞は彼の体内に取り込まれるだけで、意味なんて消え失せてしまった。僕のファーストキスの相手はオールマイトで、レモンの味なんてしなくて、その時もやっぱり珈琲の味がした。
 レモン。レモンの味。思い当たる節。ああ、なるほど……と僕ひとりで勝手に納得する。そういえば、麗日さんから貰ったレモン味のグミを食べた。口をギュッとすぼめてしまうほどに酸っぱかったけれど、長細いグミにまぶされた砂糖が甘くって、色も相まってオールマイトの髪の毛みたいだなと思ったから、本人にも教えてあげようとした。空き教室に入って早々にキスをされたから、結局なにも伝えられなかったけれど。

「れっ、れもん……苦手……っ、でした、か?」

「……いや」

「ひっ、ぅ……んッ……舌、も……すわないで、」

「でも」

 やっとキスを止めてくれた。

「……れも? なんれす、か……?」

 舌の感覚がなくて、言葉がもつれる。

「今はきらい」

 薄く開いた窓から風が吹き込んで、ぶ厚いカーテンをゆらゆらと揺らしていた。ほんとうに僕の胸を貫くような真っ直ぐな視線から逃れたくて、顔を逸らす。視界に映る外の景色。よく晴れた夕焼け。窓の外には下校途中のクラスメイトが何人かいて、とんでもなく後ろめたい気持ちになった。轟くんと飯田くんがキョロキョロと辺りを見回しながら歩いている。……僕を探しているのかも。もし自惚れではなく本当に僕を探しているのだとしたら、なんだか申し訳ない。

「……緑谷少年、どこを見てるんだい」

 グッと力強く、けれど優しく顎を掴まれる。

「あっ、」

 唇が重なった瞬間、ぼろっと涙が零れた。熱くて溶けてしまいそうなのに、ひどく冷たい。今だってこんなに辛くて悲しいのに。大人になって、苦い珈琲が飲めるようになったら。オールマイトを思い出して、きっと泣いてしまうんだろう。

 僕の“好き”は絶対に、揺らぐことなんてないのにな。好きとは言えないもどかしさが、彼の胎内に埋もれていく。



◇◇


(髪の毛グミがちょっと気になりました)

title by ユリ柩




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