*紫煙とれーさん

ツイッターで執筆したあおれ〜小説です
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いい子だね。
ちょっと知能遅れがあるけど素直な良い子。
いい子って何。
なんだか苦しい。
喘息は出てないのになんだかすごくとっても苦しい。
煙草に火を点ける。
"悪い"煙が空にとけた。
「落ち着く…」
言葉に反して体は咳き込んでいた。
病気ってなんなんだろう。


「2880円になります」
「おまけのライターいりますか?」
「あ、はい」
精一杯の大人っぽい格好で年齢確認を逃れた俺は思わず安堵の溜息を漏らした。
兄…れーさんの好んで吸う銘柄は外国産でコンビニなどには無く、タバコ屋にしか売っていない。

どうやら吸い口から甘い味がするらしい。どこで見つけてきたのか、わりと初期からこれだった。
れーさんの人脈を思うと考えても無駄なことだった。
一本吸ってみようかな…。
袋に無造作に6箱詰められた緑のパッケージを見ながら、あおーーー俺はしばく逡巡した。

「やめよ」
手で触れたものの、まだ封の切られていないパッケージを袋に戻す。煙草の煙が苦手なのだ。
れーさんが吸うようになってからかなり緩和されたが、以前は煙草イコール癌になるのイメージが強すぎて、街でも副流煙すら吸いたくなくて息を止めたものだった。

だかられーさんが煙草を吸うようになった時は悲しくてやめてと泣きついた事もあった。
結局止められなかったけれど。
煙草が好きといいつつれーさんはそんなに多くの量を吸う訳でない。
それは体が弱くて吸えないせいなのか、実はそこまで中毒じゃないのかはたまた両方なのかは定かではない。

6箱もまとめ買いしておけばれーさんの場合大体半年〜1年はもつと思う。
単純計算で1.5日〜3日に一本か…と、もっとまとめて吸っているような吸っていなかったようななんとも言えない気持ちになった。

何故か買いに行かされるのはいつも俺なのだ。俺の方が喋りも大人っぽく見えるからなのかもしれない、そんなことを考えながら帰途についた。
家のドアを開けると待っていたかのようにれーさんが走ってきた。
鞄から袋を取り出すと「ありがっとー!」とれーさんは全力のハグをかましてきた。

つくづくれーさんに弱い、と思いつつ自分と全く同じ容姿のれーさんの頭を撫でた。
「れーニコチンが切れちゃうよ〜」
「もう72時間以上経ってますから、抜けきってますよ、れーさん」
「あり〜?そうなの?」
お決まりの台詞を言うれーさんに笑って答えると、れーさんも笑顔で答えた。

コートをしまいに部屋に戻ってきた俺にれーさんはついてきた。
「…吸うんですか?」
よっぽど不安そうな顔をしていたのだろう、れーさんは「もー…一本付き合って」と苦笑しながら答えた。
もー、と言いたいのは俺の方だというのに。
「うん」

言われるがままに、窓際のベッドで丁度新品の煙草のフィルムを剥がしているれーさんの隣に座った。
「やったー」
そう言いながら、煙草の先端にピンクのライターで火を点け、小さく息を吸い込むと、煙を吐いた。
紫煙が空へとのぼっていく。
「…」
喋るのをやめた横顔を眺めていた。

煙草を吸っている時のれーさんはいつもとは打って変わって大人っぽい。
それは煙草が大人だけの物の象徴だからなのか、また別の理由なのかも俺にはよく分からない。
ただ、れーさんが自分よりもずっと大人になってしまったかのようで俺にとっては不思議な体験だった。

その目は取り憑かれたかのように、立ち上る紫煙を飽くことなく眺めている。
「れーさん…?」
「え?」
考え事をしていたのか、俺の方を見るときょとんとした表情を浮かべた。
「どうしたの?」
「あ…綺麗だなって思って、煙。あおも思わない?」

視線を煙草に移すと、小さく赤く燃えるその先端から、やけに白い煙が不規則に風になびいていた。
大人が吸うもののイメージがある俺は、なんとなくそれをかっこいいなと思った。自分が吸いたいかは別として。
「うん、綺麗だね」
「でしょ?れー、これ見てると落ち着くんだ」

笑うれーさんの気持ちは分からなくもなかった。不規則に風になびくその煙はとても綺麗だ。
ただ、それは煙草じゃないとダメなのだろうか。お香とか、他に煙をあげる物で満足してくれないのだろうか。
「ねーあおそのかっこ似合ってんね。かっこいいよ!」
れーさんは笑って小さく俺の服を指差した。

買い出しに行ったままの格好であったことをすっかり忘れていた俺は、いつもの青や緑のカーディガンではなくて、白のTシャツに黒のジャケットを身に纏っていた。
「あー、いつものままじゃあれでしょ?」
「えへへ」
そう言ってまたれーさんが煙草を吸ったその時だった。

「げほっ、が、はぁ、あ…」
「れーさん!」
明らかに普通じゃない咳をするれーさんを見て、俺は心配であらかじめ側に待機させておいた吸入器を手に取り、スペーサーを口に当てた。
そのままれーさんの体を強く腕の中に抱きしめた。
とっさに灰皿に置かれた煙草からはまだ灰色の煙があがっている。

少しだけ俺にはそれが憎く見えた。
お願いれーさんを奪っていかないで…。
興味も、体調も、その命さえも。
あの煙に全部全部持っていかれるのかと思うと悔しくてたまらなかった。
「あお、ごめん…」

薬が効いて少しましになったのだろうか、申し訳なさそうな顔で眺めてくるれーさんを見つめ返した。
「うん…」
いいよ、とは言ってあげられなかった。
本当は発作を起こすくらいなら吸わないで欲しかった。
喘息に煙草はご法度なのだ。

れーさん曰く軽く口に入れてるぐらいならなんともないらしいのだが、今のように油断して肺に煙を入れているとすぐ気管が収縮してしまう。
元々れーさんは喘息で気管支が炎症している筈だから、本人が吸っていたら副流煙よりも段違いに悪影響に決まっている。
命に関わるかもしれないのだ。

自分としてはやっぱり心配である。今日だって買った煙草の中身を全部偽物にしたいと思ったことは一度じゃなかった。
いつのまにか煙草の煙は尽きていた。
「あお…」
れーさんの体を強く抱きしめて頭を撫でた。
「れーさん、大丈夫?」
「うん」
撫でられると嬉しそうに頭を擦り寄せてくる。

「どうして煙草を吸うの?」
何回も聞いたけど未だによく分からなかった。
「うーん」
少しだけ言い渋っているようだった。
「れーはさ、いい子にして治療してるから。いい子にしてても悪い子にしてても、何にも変わんないから」
「そんなことないよ」

「パパとママも、れーのこと迷惑だから」
「そんなこと思ってないよ」
れーさんは俺よりずっと気にかけてもらってるじゃない。
考えて、言いかけて、言わなかった。
多分これからもずっと言えない。
ちょっとした孤独や嫉妬なんて、恥ずかしくて言葉にできなくなっている。

れーさんは俺よりもずっとつらい思いをしてるんだから、そこに文句を言う筋合いなんてない。
「悪い子になりたかった?」
数秒置いて、呟くように小さな声で言った。
「おと、なに…」
頭を撫でながら続く言葉を待った。

「大人になりたかった」
目元に涙を浮かべている。酷く不安そうな表情をしていた。
「このままじゃ嫌だった…」
「うん」
「悪いことしなきゃいけないって思った。しなきゃいけなかった」
涙を浮かべるれーさんごともう一度ぎゅっと抱きしめて頭を撫でた。

「そんなことないよれーさん。煙草を吸わなくたって大人になれる…」
「れーは、煙草好きなだけ、だもん」
強がってるのかなと思って背中をトントンと叩いた。
「確かにちょっと大人っぽく見えたけど」
「ほんと?」
「でもそのままで十分だよ」
「だめ…あおに置いてかれちゃう」

そんなこと思ってたの?それは…俺が思ってることで…。
「置いていかないよ」
努めて落ち着いて言ったがれーさんは泣きながら返してきた。
「置いてく!置いてかれてるもん!」
「俺だって置いてかれると思ってるよ!…あ」
「え…」

思わず声を荒げてしまった。珍しく目に涙を浮かべている。ぱちくりさせた目がこちらを見ているのが気まずくて、逃げ出したいぐらいの気持ちだった。
「ねぇ、なんで」
「なんでとか言わないで…」
「どうして、あお」
「お前が…れーさんが、先に死んじゃうって思って…!」

見ないでほしかった。こんな情けない顔をしているのを。
開けたままの窓から入ってくる空気が冷たかった。
「……」
れーさんは口元に手を持っていって真剣に考える仕草をしている。
否定も肯定もしなかった。
「れー、もっともっと生きるよ」
長考の果てに紡がれたのはそんな言葉だった。

「当たり前だろ?!…だから、煙草やめてよ…。わざわざ今すぐ死ぬかもしれないような真似して心配させないで…」
「分かった。減らす」
「減らすって…」
「れーも、あおと出来るだけ長くいたいもん」
それは暗にれーさんも自分が早死にしてしまいそうと思っているということなのだろうか。

「そんなつもりじゃないよ…。ちゃんと、喘息は治療して、癌にもならなかったら長生き出来るし、分かんない、せめて大人になってからならもうちょっと…」
「れーも!苦しいのやーだしね」
にこにこ笑ってれーさんが俺の頭を撫でていた。
「…?」

「れーも吸うたびに苦しいのやだもん!ぜーったい長生きする!だからそんな顔しないで?」
今度は逆にれーさんにぎゅっと抱きしめられてしまった。
「れーさん…」
「心配させてごめんね、あお。れー……反抗期なの」
「ええ…?」

「パパママは心配してくれなかったけどあおは心配してくれたじゃん」
「え、うん…」
「ね?」
あんまり勢い良く言うものだから思わず笑いが込み上げてきた。
「なにそれ。命がけじゃん」
くすくす笑うとれーさんもにこっと笑いかけてくれた。
「あったり前じゃん!」

「そもそもお父さんとお母さんの前で吸ってないでしょ」
「う…隠れてやるのもワルなの!」
強がっているれーさんの胸に顔を寄せた。
「やめないの?」

「れーまだ悪いことしてたいから。分かんないから。なんにも分かんない、から。だってあおに置いてかれるって思ったのは本当なの。勉強とか…」
「ちゃんと立ち止まるよ」
「うん、でもあおがちゃんと心配してくれてんのは分かった。だからいつかはちゃんとやめるようにする。だから今はまだ吸わせて」

「うん、あんま肺まで入れちゃだめだよ」
「うん…」
「煙が好きなら線香焚けばいいのに」
「えーなんかじじくさくない?でもちょっと面白そ〜!あ、あとさあお」
れーさんは窓を閉めて煙草の吸殻と灰を携帯灰皿に移して捨てた。
「あおの負担になるまで立ち止まらなくていいからね」
「え?」

「だーから、あおがれーに合わせてたら勿体無いよ」
「いや、俺勉強嫌いだからいいんだよ」
「えーー?」
「なんで高校入ったのか分かんないし」
「もーすぐそういうこと言うでしょー」
「置いていかれたら寂しいでしょ?」
「超寂しい一生隣いてほしい!」
「ふふ」

調子のいいれーさんに思わず笑みが零れた。
高校だって希望したレベルの綺麗な校舎の学校に来られた。
この先の進路だってちゃんと2人で納得出来る場所を探せばいい。
生まれる前から一緒だったのだ。
2人じゃないと上手くいかない。
補い合うように真逆の性格に育っている。

だかられーさんが結婚でもしない限りは出来るだけ側にいてほしいし、離れる時が来たらどうなるのだろうかと、まだ離れていない段階ではなんとも言えないけど、少なくとも寂しく思うだろうぐらいは予想できた。
「れーもあおがお嫁さんに取られないように女子力でも磨こっかな〜」

「なにそれ」
笑いながらもう一度抱き寄せた。
「健康に気を付けてね」
「もう言うことおじいちゃんじゃん」
「煙草とか吸って喘息悪化させてるからでしょ?」
「ごめんなさーい」
れーさんは抱き締め返して子供のように無邪気に笑った。
「やっぱ子供っぽい方がいつものれーさんって感じだね」

「聞き飽きたよぉ」
それでも甘えてくることをやめなかった。
「煙草の煙みたいに儚く消えちゃいそうで…怖いからさ」
「んー?れーはさ、もっとしぶといよ」
「そうだね、ありがとう」
話してくれて。
「ううん、れーこそありがと!」

そう返してきた瓜二つの双子にすりすりと頬ずりをした。
消させない。俺が守るから。
その決意には火はつけてないので、儚い煙になることはなかった。

*紫煙とれーさん*

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