長い長い廊下の先にお互いの姿を見つける。2人は何事もないようにそのまま無言で歩き続けすれ違う。互いに背を向け歩き続けていたが、ふと片方が動きを止めた。
「アーサー」
名を呼ばれ、もう片方も足を止めた。振り返ることなく2人は相手の様子を伺っていた。
「君、俺の事どう思ってる?」
.2つの道から交差点
「…どういうことだよ?」
「答えて」
冷たく言い放たれて、アーサーは小さく溜息を付いた。こいつは何を言ってほしい?
「アーサー」
「……。」
「君にとって俺はただの弟かい?」
静かにアルフレッドはアーサーを振り返る。彼の背がぴくりと動いた。やっぱり、アーサーは俺のことなんて弟としか思っていない。イヴァンが言っていたことを少しでも信じていた自分が馬鹿だった。
「兄が皆そう思っているとは限らないんだ」
「は、」
「ううん、こっちの話。で、どうなの」
アーサーも振り返ると今度は2人向き合う。アーサーの表情は真剣なものだった。
「正直言うと」
「うん」
「お前がもう弟じゃないのは既に理解している」
期待外の答えが返ってきたのかアルフレッドは驚いたような表情を見せる。それを見たアーサーは、心外だ、と少し不機嫌そうに言った。
「俺はそこまで馬鹿じゃない」
「いつも俺を弟扱いするのに?」
「弟だったらもっと態度は違う」
アルフレッドはまだ信じられないようで、でも、と小さく声に出した。
「自分のプライドのために俺に構ってるってさっき自分で言ったろ」
「そんなの…!」
アーサーはキッと眉を吊り上げる。地雷でも踏んだのだろうか。アルフレッドは眉間にしわを寄せてアーサーを真っ直ぐに見た。
「そんなの、言い訳に決まってんだろ、馬鹿!!」
「言い訳…?」
「確かに少しはそれもあるけどなあ!本音はその後だ、ば……っ」
我に戻ったのかアーサーは途中で口を手で押さえて黙り込んだ。少し顔が赤い。そのまま沈黙が流れる。アルフレッドもアーサーと同じく顔を赤く染めると、ぽかんと開けていた口をぱくぱくと動かした。
「う、嘘だろ!?」
「―――――ッ」
腹をくくってアーサーはその赤い顔を勢い良くアルフレッドに向けた。アルフレッドの口から、何、と弱々しく漏れる。
「嘘じゃねえよ!ずっと大切に想ってきたんだ。それなのに独立なんかして離れていきやがって。簡単には手放すかよ!」
「独立は…っ君がいつまでも俺を弟扱いするから悪いんだろ!?俺は弟じゃなくて、1人のヒトとして見てほしかったんだ!」
「そんなの、もうとっくに見てたっての」
静かに言うと一度言葉を切る。
そう、弟だけど弟じゃなかった。短時間でぐんぐん大きくなっていくアルフレッドの成長を見ていくたび、アルフレッドが俺を越すぐらいの力を持っていくことに気付かされていた。
「ずっとこんなことで悩んでたのか?」
「こんなことって…っ」
アルフレッドはムキになって言い返す。その様子を見てアーサーは唇に笑みを含むと無言でアルフレッドに近づいた。右手の手の平を上にしてアルフレッドの前に差し出した。
「早く戻って来いよ、ばあか」
「……っ」
眉をたらして笑う。こんなの反則だ。アルフレッドはアーサーの手の上に自分の手を乗せると少し涙目な眼を細めて微笑んだ。
「仕方ないな。君は俺がいないと駄目みたいだ」
「何言ってんだ。俺は君がいないと駄目だ≠フ間違いだろ」
そんな声が聞こえてふと足を止めた。わーわーと何かを言い合っている。楽しそうに。
「上手くいったようですね…」
苦笑していると後ろにあった足音もぴたりと聞こえなくなった。気になって振り向くと、そこには大きな影が一つ。
「本田くん?どうしたの、そんなところで」
「イヴァンさん。いえ、理由は特に無いんです」
にこりと笑うとイヴァンも一緒に頬を緩ます。イヴァンはそう、と小さく言うと、自分達とは別の声が聞こえるのに気付いた。視線を本田から声がするほうに移動させると、ああ、と頷く。
「アルフレッドくん達か。上手くいったみたいだね」
「…イヴァンさんも彼らの心配を?」
「も=Hということは本田くんも?というより僕はアルフレッドくんに借りを作りたくてね。1つアドバイスをしてきたんだ」
「アドバイス、ですか…?」
「兄の気持ちってやつだよ」
首を傾げた本田に優しげに微笑む。本田はイヴァンを見上げた。イヴァンさんにその気持ちがわかるのだろうか。弟か妹でもいるのだろうか。
そんなことを思いながら。
「私も…少しアーサーさんに話をしてきました。あの2人、互いを大切に想い合っているのが第三者でも見てすぐにわかるのに、当の本人達は全く気付いていないようでしたし。もどかしくなってしまって」
「2人とももっと素直になればいいのに。それでうかれてくれれば僕としても都合がいい」
イヴァンは少し黒く笑ってみせた。本田はそれを見なかったことにしてアーサーたちの方を振り向く。相変わらず何かを言い合っているけれど、いつもと同じようで同じじゃない。何だか楽しそうだし、何か重石が外れて軽くなったようなそんな感じ。彼らが幸せなら自分はそれで良かった。笑顔を見れるだけで私も嬉しい。じっと2人を見ていた本田にイヴァンは気付くと、ねえ、と声をかける。
「君、無理してない?」
「何のことですか」
「いや、君が良いなら良いよ。僕には関係ないし」
そう言うとイヴァンは本田を通り越して2人の方へと歩き出した。本田も急いでその後を追う。イヴァンと本田に気付いたアーサーとアルフレッドは声をそろえて報告する。
『ありがとう』と。同じ言葉を放った2人は驚いたように互いを見ると笑い出した。
一応これで完結だったり
2009.10.7