「アルフレッド!」

彼はそう名を呼ぶと近づいてくる。 それを無視していた俺の服をぐいと引っ張った。 俺は小さく溜息を付いて彼を振り返る。

「さっきの意見は何だったんだっ」
またそんなことを言いに来たのかい。 もう俺は君の何でもない。 弟じゃない。

「そんなこと君に言われたくない」



.兄の気持ち



「もー。いつまでたってもアーサーは俺を弟扱いするんだ」

別に誰かに言ってるわけじゃない。 1人でいるには少し広い部屋で、無造作に置かれていた椅子に腰掛ける。 ただ座り方はおかしく、背もたれに向いて座っていて肘を背もたれの上に置いていた。

( もう、とっくの昔に独立したんだ )

確かに昔は彼の弟だったし、彼に頼ってたところもあった。 でも今は違う。 しかし肝心の彼は昔の、弟の俺しか見ていない。

「アーサーの馬鹿…」

本当に小さく言ったはずなのに、その声は部屋によく響いた。 どうせ、アーサーは独立した理由を知らない。 自由になりたかったのもあったけど、他にも理由はあるんだ。 それは彼が俺を弟としてしか見ていなかったら絶対に始まらない。

「いつもいつも、口を開けば昔は可愛かった≠ニか昔のアルは≠ニか昔のことばかり!たく、彼の眼は後についてるのかい?前が見えてないじゃないかっ」

どんどん声は大きくなっていく。 苛々する。 アーサーは独立前の俺が好きだったんだ。 きっとそう。 だから昔の話ばかりするんだ。 本当は独立しない方が良かったんじゃ? ふとそんなことが頭に浮かび、首をぶんぶんと横に振った。 いや、正しいんだ。良かったんだ。 俺は――…

「アーサーに1人のヒトとして見てほしかった」

弟じゃなくて、1人の国として、人として。 今の彼はまだ見てくれてないけれど、いつか嫌でも見せてやるさ。 きっと長い道のりになるんだろうな。 そう思い苦笑した。



コンコン、と小さく扉を叩く音が聞こえた。 誰、と返事をすると少し幼いような高い声がその扉の奥からした。

「僕だよ」

それだけ言うと返事も待たずに扉を開ける。

「やあ、アルフレッドくん」
「イヴァンか」
「あれ?僕だと何か不都合だったかな」

にっこりとイヴァンは笑ってみせる。 だがどことなく黒い。 イヴァンの質問を無視して俺は別のことを口にした。

「何しに来たんだい?君もさっきの会議の文句を…」
「も、ってことはもう誰かに言われたの?」

へえ、と小さく声に出す。 すると面白そうに唇を歪めた。

「もしかしてアーサーくんかな。彼はなんだかんだ言って君を気にしてるみたいだし」
「……。」

無言でいることを肯定ととったのか、イヴァンはそのまま黙って俺の傍に立った。 声だけでは想像出来ないような大きな体格をしているイヴァンはそちらを見ていなくてもひしひしと存在を感じる。 ふいと顔を背けてしまうと、イヴァンは声をあげて笑った。

「あはは、残念でした。僕は文句を言いに来たんじゃないよ」
「……え」
「君、会議室に資料置き忘れてたから」

そう言って手に持っていた紙の束を差し出す。 ありがとうと小さく言って受け取ると、イヴァンは近くに置いてあった空いている椅子に座った。 やっぱりにこにこ笑って此方を見ている。

「それで?アーサーくんは何て言ったの」
「どうして君に言わなくちゃならないんだい」
「僕がアドバイスしてあげるからだよ」

何の、とつい口から出てしまう。 イヴァンの言いたいことはなんとなくわかっていた。 でもそれはいつもの彼とは何か違ったから。

「何のって…。勿論アーサーくんのことだよ」

悩んでるんでしょ、とイヴァンは首を傾げた。 やっぱりそのことなのか。 いつもなら悩み事があるとわかったとしてもアドバイスどころか皮肉を言ってくるのに珍しい。 どういう風の吹き回しだ?

「……アーサーは自分のプライドのために俺に構うって。だからいつも注意してくるんだ。俺が変なことをすれば育てた自分が恥ずかしいから。嗚呼、あと他の人らが俺に構うのが嫌らしい」
「どういうこと?」
「俺の弟には手を出すな、だってさ」

溜息を混ぜて苦笑する。 口元だけが緩んでいて眼が笑っていないことが自分でもわかった。 イヴァンの顔からは笑みが消えていて、真っ直ぐに視線を俺に向けている。

「まあ、わからないこともないかな」
「どういうことだい」
「僕にも妹がいるんだ。と言っても君とは違って彼女は兄さん兄さんってくっついてくる」

一体何を言い出すのか。 イヴァンの方に顔を向ける。 わかるというのはアーサーの気持ちがわかるってことかい? 冷たい視線を送り始めていた俺に気付いて、イヴァンは苦笑した。

「確かに、妹とか弟とかは可愛いけど成長していくうちに思い知らされるんだ。彼女も1人の国で、自分がいなくても十分生きていける。寧ろ、君の場合兄のアーサーくんよりも強くなった」
「……。」
「それを嫌でも気付かされるんだ。でも今まで妹として扱ってきた人を急に1人のヒトとして扱うのは難しい。頭ではわかっていても体が動かないんだ」

イヴァンはどこか遠いところを眺めながら言う。 それはどこか心の奥に眠っていた感情なのだろう。 あんな彼の表情は今まで見たことがない。

「アーサーくんもきっと一緒だよ」
「…そういうものなのかな」

そうだよ、とイヴァンは頷く。

「少なくても僕はそう」

そう言い終わるとイヴァンは椅子から立ち上がった。 彼に向けていた視線がそのまま上へと上がっていく。 顔に視線を移動させたとき、彼は意地悪く笑った。

「さて、これで貸しは1つだね」
「は、貸し!?」
「勿論だよ。ただでアドバイスなんてするわけないよ、君なんかに。まだまだ考えが甘いね」
「――――ッ」

かっと頬を赤く染める。 イヴァンはその様子に満足そうに微笑んだ。

「じゃあね、頑張って」
「ま…っ」

ぱたん、と呆気なく扉は閉まってしまう。 無意識のうちにイヴァンに伸ばしていた右腕の行き場がなくなり、しばらく固まってしまう。

「まんまと騙されてしまったよ…」





英大好き米視


2009.10.7



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