「たった今俺は君から独立する」

目の前で自分の弟がそんなことを言い出す。何を言ってるんだ。ずっと可愛がってきたんだ。簡単に手放すかよ。



.弟の気持ち


「おい、アルフレッド!何なんだ、さっきの意見はっ」

世界会議が終わり、廊下を歩いていたあいつの後姿を捕まえる。服をぐい、と引っ張ってみるとアルフレッドはこちらを振り向いた。

「…何だい、アーサー。あの完璧な意見に反論でもするのかい」
「完璧?何処がっ!現実味の無いことばっか言いやがって!」
「別に君にどうこう言われたくないよ」

ふい、と視線を逸らされてしまう。この反抗期めが。心の中で毒づく。まあ確かに今の俺はアルフレッドとは何も関係が無いのだが。

「俺はもう君の弟じゃないんだ」
溜息を漏らして呆れたように言う。わかってる。そんなことはとっくの昔に思い知らされた。

「……それでも、俺がお前を育てたんだ。お前が変な発言をするとこっちが困る」
「へえ。君は自分のプライドのために俺に構うのかい」
「そうだ」
「ふうん」
「別にお前が他の奴らに文句言われてる姿見てるとイラつくとかそういう訳じゃ……?」

何を言ってるんだ?急にかっと顔が熱くなる。アルフレッドは驚いたのか眼を丸くして、じっと此方を見ていた。

「それ、どういう…」
「え、あ、いや…だ、だから俺の弟に手ぇ出すなってことだよ!」

アルフレッドは何かに期待していたのか俺が言ったことを聞くなり、がっくりと肩を下げた。首を横に振り、もういいよ、と小さく言う。

「君らしい答えだよ」

そう言って踵を返して行ってしまった。

「アルフレッド!」

その背に呼びかけても一度も振り返ることはなかった。溜息はこっちが付きたくなるっての。あいつはどうしてほしいんだ?

「美味しい絡み有難うございます」
「どわっ!?」

いつの間にか隣に人が、しかも話しかけてくるものだから、驚いて飛び跳ねる。気配が無かったから全く気付かなかった。隣にいた人物はにこりと笑う。

「驚かすなよ、本田…」
「私は普通にここに居ましたから、もう気付いているものかとてっきり」
「いつからいたんだ?」
「貴方の隣に来たのはアルフレッドさんが去ってからです」

隣に来たのは?ということは話はもっと前から聞いていた?本田に聞こうと口を開いたが声が出る前に本田に遮られてしまった。

「アーサーさんはわからないんですか?」
「わからない?何を」

「アルフレッドさんがどうして嫌がるのか!」

びしっと右手の人差し指を俺に向ける。アルフレッドが嫌がるわけ?そんなの…

「なんとなくでもわかりますよね?」
「……。」
「わからないんですか…?」

そんなわけありませんよね、と本田は微笑んだ。正直薄々は気付いていた。あいつが独立してから、あの台詞をもう何度聞いたことか。

「行動、言動。第三者が見ていてもわかりますよ」
「俺はそんなに嫌われてるのか」
「アーサーさん自身を嫌っているわけじゃないですよ!」
本田は少し頬を赤らめるとなにやら瞳を輝かせて言った。意味がわからない。そんなことを思っていることが顔に出たのか、本田はごほん、とわざとらしく咳をした。

「きっとアルフレッドさんは自分を弟として見てほしくないんでしょう。だってほら、言ってたじゃないですか」

―――俺はもう君の弟じゃない―――


ずっと聞き続けてきた台詞をついさっきも言われたんだ。冷たい眼をして。だから、と小さく声を出すと本田は苦笑した。

「ただそれだけですよ。貴方のことは大切に想っているはず」
「は、」
「だってさっき貴方の見事なツンデレ発言に何か期待していたでしょう?」
「な、何の話を…」

今日の本田は何かおかしい。言われてみれば確かにいつもこんな感じだったかもしれないけれど。だがこんなに引っかかってきていたか?本田は少し笑顔に影を落とすと

「頑張ってくださいね」

そう言って歩き始めた。
ぽつんとその場に残った俺は本田が言っていたことを考えてみる。弟とは見てほしくなくて俺のことを大切に想っている…?そんなの俺には一つしか考えが思いつかなかった。

「…こんなだから変態呼ばわりされるんだよ…」

ぼそりとそんな言葉を吐く。弟としてみてほしく無いならそれは―――…ぐっと拳を握って顔を俯かせる。まさか、まさかそんなアルフレッドに限ってそんな事はないはずだ。自分に言い聞かせるしか今の自分には出来なかった。




「…私がここまでして差し上げたんですから、ちゃんと理解してあげてくださいよ」

背を向けて歩き続けている本田の表情が悲しげに歪んだのは誰も知らない。





一応続編があったりします
今回は英視線


2009.10.7




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