「咲いたんだね、今年も」
「そうみたいだな」
此処は下町の2人の場所。下町の中でも人通りのすくないこの場所はユーリとフレンにとって特別な場所だった。狭いスペースの中に桜の木がぽつんと1本立っている。そしてその桜も満開の季節。
.満開の桜で
「初めてこの桜を見つけたときも満開だったね」
「そこまでは覚えてねぇよ。…そうだ、フレン。騎士団の方はどうなってる?」
「騎士団?」
フレンは視線を桜からユーリに移す。
「どうって、いつも通りだよ。特に変わったことは――…、あ」
何か思い出したのか無意識に声を出す。ユーリは眉を寄せた。
「何かあったのかよ」
「い、いや。騎士団関係でお城の方と仲良くなることが出来たんだ。それくらいかな」
「…お城の人ね。男?」
「え?女性だよ。笑ったら華のように可愛らしい方さ。…そうだな」
フレンは待っている桜の花びらを見事に片手でキャッチすると手のひらを広げる。
「この桜みたいに、さ」
「ふぅん」
何を思ったのかユーリは小さく呟くと顔を背けてしまった。
そんな態度をとるユーリにフレンは綺麗な空色の眸を細めて近寄る。
「何、妬いてるの?」
冗談半分で言ってるみる。ユーリは驚いたのか眼を丸くすると、にやりと不敵に笑って見せた。
「嗚呼。だからさ――」
風が吹き、ざあ、と桜の木が揺らぐ。何枚かの花びらが2人の上を舞った。木が揺らぐ音でユーリの声は消され、フレンは眉を寄せる。
「何だって?聞こえないよ」
「フレン」
ユーリは彼の顔に自分の顔を近づける。そして。
「覚悟しとけって言ったんだよ」
「!……っ」
それは一瞬だった。目の前が暗くなったと思ったらすぐに明るくなる。ただ残ったのは感触。
「な、にを…」
「ご馳走様」
ユーリは先ほど見せた笑みをまた見せる。フレンが何が起きたのか理解したのはしばらくしてだった。
「…まさかと思うけど…き」
「なあ」
フレンの言葉を遮りユーリは口を開いた。彼が顔を背けないように手で顔を固定して。
「俺だけを見てろよ」
どんなに綺麗な華があったって。いくら仕事で知り合ったといっても、ただ俺だけを。
「……。」
フレンは無言でユーリを見つめる。無理に押し付けているのは分かっていた。けれど。
(こうでもしないと分かってくれないだろ?)
ユーリは苦笑すると、今度はフレンが唇に笑みを浮かべる。
「どうしたのさ。そんな問題発言をしておいて、笑って誤魔化す気?」
「まさか」
「まあ、君とは付き合いが長い。たまにはこういうのも良いかもね」
フレンが微笑んだのが気に入らないらしくユーリは片眉を上げた。
「たまには=Hどういうことだよ。それに良いかな、なんて言われてもな。例えお前が嫌だといっても俺はそんなの聞く気もない」
「…最低だね」
「何とでも言えよ」
また顔を近づけようとするユーリを逆に押さえるとフレンは綺麗に笑った。
「君って人は」
渋るユーリを自分から遠ざける。
「とりあえず、近いからね」
「良いんじゃないのかよ」
「かもって付けただろ?まだ許してない」
「……。」
ユーリは眉を寄せると溜息を付いた。こいつ、絶対許してはくれないだろうな。
「ユーリ、フレン−ッ」
そんな声が聞こえた。2人は互いを見る。
「…呼ばれてる?」
「行くぞ!」
フレンの肩を軽く叩いてユーリは走り出した。その後に少し遅れてフレンも走り出す。
「ずるいぞ」
「何がだよ」
笑い声を含みながら叫びあう。そんな2人の声は小さな下町中に響いた。
ユーリとエステルが出会う前のお話
2009.5.9