戦場はいつだって気分が悪い。それに自分が人間ではなく血を求める獣になったような錯覚に陥る。
森には僅かな月明かりしか届かないが地面に刺さった刀に反射し男には充分な光であった。
血の臭いは男にこびりついてしまっている。
雑渡はごきん、と掌で首の骨を折った感触をほうけた頭で感じ屍を手放した
「―…雑渡、さん?」
伊作は眠気眼を擦り、布団から上半身を浮かせ部屋の障子に映る影に呼び掛けた
影は一瞬肩を揺らしたが、やがてゆっくりと障子を開けた
伊作と同室の留三郎は仕切りの向こうで静かに寝息を立てている。
雑渡は障子から部屋を僅かに覗いて、呆れたように言った
「くせ者が来たっていうのに、ここの学園の生徒は全く警戒心というものがなくて困るね」
「はは、すいません」
伊作は小さく笑って布団から抜け出して障子に手をかけたが、雑渡は弾かれたように後ろへ飛んだ。伊作は驚きに目を丸くしたが直ぐに真剣な目つきになり、静かに部屋から出た。後ろ手で障子を閉め、裸足のまま雑渡の傍に歩みよった。
「…すまない、顔を見たかっただけなんだ」
「怪我とか、しませんでしたか?」
「そんなへまはしないよ。…相手の血だ。」
雑渡は伊作の目から視線を反らして血がついた体を隠すように伊作から距離を取ったが、伊作が寂しそうな顔をするから雑渡は意志が鈍る。
「また今度来るよ。満月に誘われた獣が現れたのだと思ってくれ」
「…雑渡さん」
「じゃあね」
雑渡は伊作の声を振り切るように闇へ消えた。伊作はそれをただ静かに見送り、梟が鳴く満月の夜空を見上げた。
(110320)