地上へ出ると雨が降っていた
傘を忘れた。携帯を無意味に開いて時刻を確認する。19時を回っていた。静雄は舌打ちをして纏わり付く湿った空気を振り払うように土砂降りの中家路を急いだ。
濁った金髪は雨で湿り、ワイシャツもスラックスも水分を吸ってしまい億劫になる
人混みに紛れながら、静雄は泣きじゃくる曇天を見上げた。
その時だ
視界が黒で遮られた
振り向くと見馴れた男(見馴れてしまっていることに静雄は余計気分が落ち込む)が立っていた
男は呆れたように静雄を見ているだけだった
今更傘を差し出したところで静雄の体は既にびしょ濡れで冷えきってしまっているというのに。

「何しにきた」
「捨て犬を助けに」
「良心的だな」
「まぁね」

臨也は静雄の冷たくなって血の気がすっかりなくなった手を握って今来た道を戻ろうとする
静雄は黙って臨也の黒い傘に収まっていたが、訝し気に眉を寄せてその黒に問い掛けた

「ホテルなら行かねぇぞ」
「帰るんだよ」
「俺の家は新宿じゃねぇ」
「口答えする犬は嫌いだよ」
「お前の犬になった覚えはねぇよ」

放せ。静雄は何の感情を込めることもなく言い放った
臨也は何も言わなかった。
いつの間にか池袋駅に着いてしまっていた。帰宅ラッシュからか人が縦横無尽に溢れかえっている
臨也は傘を閉じて、再び静雄の手を握り締め足早に階段を下って行く
静雄はされるがままだったし、もう口を開くことはなかった



臨也のマンションに入ると、静雄は真っ先に脱衣所に押し込められた。
静雄は仕方なく水分を含んだ重い衣服を脱ぎ捨てて、半透明の扉に手をかけた
風呂場からシャワーの音が聞こえはじめると臨也は静かに脱衣所に入り、脱ぎ捨てられた重い衣服を洗濯機の中に放り込んだ
半透明のドアの向こうに静雄の細いラインの体が見える。臨也はその赤い切れ長の瞳を細めて脱衣所を後にした


金髪を乱暴に柔らかいバスタオルで拭きながらリビングへやってきた静雄に臨也は何も話し掛けない。いつもならあの憎たらしい饒舌を静雄に投げつけるというのに。
静雄はキロリとソファーで缶チューハイを煽る臨也の後頭部を睨みつけた
臨也は軽くなったアルミ缶をガラス製のテーブルに置いてから漸く静雄の方へ振り返った
その瞬間臨也の長い睫毛に縁取られた瞳が驚きで見開かれる

「…下着位穿きなよ」
「身勝手なご主人様はこういうのが好みだと思ったんだけどな」
「やだな、まだ怒ってるの?」
「黙れ」

静雄は肩にかけていたバスタオルを臨也の顔に投げつけた
柄にもなく一瞬怯んだ臨也に静雄は覆い被さり、レザーの黒いソファーに押し倒す
この底意地の悪い男はバスタオルの下で笑っているのかもしれなかったが、静雄にはもうどうでもよかった

「シズちゃん」
「黙れ死ね」
「俺が悪かったからさ」
「思ってもねぇこと言ってんじゃねぇよ」

反吐が出る
静雄の罵声にも臨也は少しも堪えていないようだった
いつもそうだ
掻き回されるのは、いつも自分の方

「何とでも言いなよ」
「開き直んな屑」
「風邪ひいちゃうから服着なって」
「五月蝿い」

臨也は自分の顔にかかっていたバスタオルを静かに取って、静雄の頬を優しく撫でた

「泣かないでよ」
「泣いてない」
「俺が悪かったってば、ごめんね」
「ふざけんな」
「好きだよ」
「嘘つけ」
「本当だってば」
「もう無理だ」
「静雄」

静雄は黙り込んだ
臨也が優しく静雄の前髪をかきあげて、額に唇を落とす
静雄の眼は臨也を睨みつけるだけだった。臨也は困ったように笑ったが、それさえも静雄は信じられなかった。信じてやるもんかと思った。
それでも明日になればきっと自分はまたこの男が愛おしくて堪らないのだろうと思うと、静雄はそれこそ吐きそうだと唇に当たる熱に嫌気がさした




































(101015)
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